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第28回『ノールーズ―春分が元日のイラン太陽暦』
こよみの博士ひろちか先生
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イランの正月はノールーズ(新しい日)とよばれています。3月の春分の日を元日とする太陽暦の新年です。古代ペルシャからの伝統ある正月行事は、太陰暦のヒジュラ暦(イスラーム暦)と共存しつつ、その新年以上に盛大に祝われています。

伝統行事のいくつかを紹介しましょう。まず、ノールーズの2週間ほどまえになると、赤い帽子をかぶり、顔を黒く塗った「正月おじさん」が街を練り歩くそうです。すると人びとは正月の準備をはじめます。大掃除をしたり、年賀カードを書いたり、「ハフテ・シーン」とよばれる供え物を用意したりします。

「ハフテ・シーン」とは「7つのS」を意味し、Sの頭文字の付いた縁起物です。家庭によってちがいがあるようですが、サブゼ(麦の苗)、サマヌ(小麦の菓子)、センジード(ハスの実)、シーブ(リンゴ)、シール(ニンニク)、ソマッグ(赤い実)、セルケ(酸味の利いた飲み物)が一般的なようです。

サブゼは「生まれ変わり」、サマヌは「神聖なもの」、センジードは「愛」や「恋」、シーブは「健康と美」、シールは「健康」、ソマッグは「太陽の色=悪に対する善の勝利」、セルケは「長寿と忍耐強さ」を象徴しています。日本の七草と7の数字は共通していますし、語呂合わせの点ではしめ飾りのダイダイ(最近はミカンで代用)が代々の子孫繁栄を祈願する縁起物であることなどと通じています。

供え物には躍動感のある金魚や子宝をあらわす卵、春の花のヒヤシンスやチューリップ、叡智の象徴であるコーラン、富につながるコインなども並びます。新年にふさわしい活力や生命力を象徴する縁起物といえるでしょう。

興味ぶかいことに、春分前の最後の水曜日のイブには、焚火の上を飛び越える行事がおこなわれます。「赤い水曜日」とよばれ、無病息災の祈願が込められています。飛ぶ時のとなえ言葉は「わたしの黄色をあなたへ、あなたの赤をわたしに」です。黄色は病や災いを象徴し、赤は健康と幸運を意味しています。これは悪を火によって浄化する思想のあらわれです。古代ペルシャのゾロアスター教が拝火教と訳され、火を神聖視する信仰をもっていた伝統に由来するものでしょう。

いよいよノールーズになると、親族、隣人、友人たちが一斉におたがいの家を訪問しあいます。優先するのは祖父母の家です。年長者に対する尊敬の念がとても強いのがイラン社会だそうです。そして家庭料理のご馳走を一緒に食べるのが習慣です。代表的なのは、数種のハーブの入ったピラフですが、沙漠の都市ではハーブは少なめで豆が多いそうです

ノールーズから13日目はピクニックデーとよばれ、こぞって外出し、育った麦の苗(サブゼ)を川にながします。サブゼをそのまま家に置いておくと縁起が悪いといわれ、厄払いの意味があるのです。ここにはわが国の流し雛や夏の睡魔をはらう眠流し(ねむながし=ねぶた)と共通する観念がみられます。

ノールーズを祝うのはイランだけではありません。ウズベキスタンではナウルーズ、カザフスタンではナウルズといい、中央アジアでも春の訪れと農業の開始を祝う重要な祝祭です。カザフスタンではナウルズ・コジェという7つの食材を入れた食べ物をつくり、カザフの歌や踊り、ブランコ遊びや馬上競技などをして楽しみます。
新疆のウイグル人をはじめとするムスリムにとってもノルズの祝祭は盛大です。そこでは詩や歌謡の応酬、相撲や競馬などがおこなわれ、春の到来を祝すそうです。♪春が来た、春が来た♪という気分は万国共通にちがいありません。

参考文献
『中央ユーラシアを知る事典』平凡社(2005)
中西久枝「イランの暦に見るイラン人の生活文化―ヴェールの内側のゾロアスター文化」 『マルチカレンダー文化の研究―日本を中心に』(科研報告書、研究代表者:中牧弘允)国立民族学博物館(2006)
山中由里子「ノウルーズ―イランの新年」『月刊みんぱく』2010年3月号 国立民族学博物館

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日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト