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薮入りとお仕着せ

今回は薮入りについて学んでみましょう! こよみの博士ひろちか先生
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薮入りとは盆明けと正月明けの慣習で、奉公人やお嫁さんが里帰りするという休日でした。旧暦の7月16日と1月16日がそれにあたり、半年に一回、いずれも満月の頃でした。なぜ薮入りとよばれるかについては諸説あり、薮林のある故郷へ帰るからとか、薮林をくぐり抜けるからという説、当て字で養父入り・家父入りを意味するという説、あるいは宿入りがなまったという説もあります。関西では六入り(ろくいり)とか、親見参(おやげんぞ)というところが多かったようです。

薮入りは旧暦時代、実家に帰ることが許されたほとんど唯一の休日でした。農家では作男や子守、商家では小僧・丁稚(でっち)・女中などが主人から暇をもらって田舎に帰りました。そのとき主人から給金や小遣いに加え、新しい着物や履物をもらいました。それがお仕着せです。仕着せ(為着せ)とはほんらい四季施を意味し、江戸時代、四季の衣服代として諸役人にわたしていた金銭のことをさしていました。また、衣服そのものをさす言葉としても用いられました。

お仕着せはそうした慣習に根ざすものですが、転じて、「自分の意思とは関係なく一方的にあたえられた事柄」(広辞苑)を意味するようになりました。奉公人にはもらう着物や履物に選択の余地はありませんでした。恩着せがましいお仕着せも少なくなかったにちがいありません。

東京の古典落語の演目に「薮入り」があります。3代目三遊亭金馬(1894-1964による人情噺(にんじょうばなし)が有名ですが、商家に奉公している息子が3年ぶりに実家に帰ってくるときの夫婦や親子のやりとりが滑稽に演じられます。わたしは待ち遠しくて一睡もできない父親につい同情してしまいます。

ところで、さきほど親見参を引き合いにだしましたが、見参(げんぞ)とはあらたまった人との対面を意味しています。関西では盆正月の薮入りが見参ですが、敬語では「おげんぞう」となります。古い奉公人による旧主訪問のことは亦見参(またげんぞ)と称していました。関東では婿がはじめて嫁の家を訪ね、双方の身内が親類として近づきになる酒宴のことを「げんぞ」または「いちげん」と呼んでいました。

民俗学者の柳田國男は「酒の飲みようの変遷」(『木綿以前の事』所収)のなかで、「おげんぞう」という一杯酒に言及しています。それは徳島県あたりの方言ですが、主人や主婦が仕事の後、奉公人などに飲ませる一杯酒のことをさしました。上下関係のはっきりしていた時代には主人と雇人とのあいだに杯の応酬はありませんでした。東京ではこれを「おしきせ」と言って、薮入りのお仕着せと同様の表現を使っていました。「おしきせ」の酒は労働の疲れをいやす慰労の意味があり、それが後世の晩酌につながったと柳田は解釈しています。ちなみに、酒屋に寄って、酒を買っては帰らず、その場に居て飲む一杯酒のことを居酒といい、居酒屋の語源となっています。

「薮入りや 何にも言わずに 泣き笑い」という句は当時の親子関係の機微をよくあらわしていますが、いまでは落語の世界以外では聞くこともありません。週休2日制に国民の祝日が加わり、衣服にしろ酒にしろ、無尽蔵な選択肢が当たり前の日本では、なかなか理解しがたい心情となってしまいました。


参考文献
柳田国男『木綿以前の事』岩波文庫、1979年。

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日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト