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今回は山の日のルーツについて学んでみましょう! こよみの博士ひろちか先生
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年末にはお歳暮をかねて企業や銀行、商店などの名入れカレンダーが無料で顧客や得意先に配られます。暮れの風物詩といってもいいでしょう。景気の良い時は大量につくられ、悪くなるとガタ落ちするので、好不況の判断材料にもなっています。たとえば資生堂は最盛期には壁掛けカレンダーを約250万部、卓上カレンダーを600万部ほど作成していたといいます。

その資生堂が発行したカレンダーで残存する最古のものは1931年の御家庭暦です。布製の小冊子ですが、表紙を飾るのはアールヌーボー調のデザインです。長身の女性とバラのアーチ、それに「資生堂唐草」と称される図柄に黄・赤・緑のほのかな彩色がほどこされています。文字は「御家庭暦」と「資生堂 東京 銀座」の漢字に加え、ローマ字でSHISEIDO HOME CALENDAR とあり、1931の西暦だけが記されています。大正のセンスが感じとれる昭和初期のモダンな絵柄はいかにも洋風の会社文化を体現しています。

19世紀末から20世紀にかけて一世を風靡(ふうび)したアールヌーボーですが、カレンダーといえばアルフォンス・ミュシャ(1860~1939)をぬきに語ることはできません。ミュシャはチェコの出身ですが、パリでその才能を開花させ、ポスターやカレンダーのグラフィック・デザインの分野では旗頭ともいえる存在でした。日本では文学雑誌『明星』の挿絵を担当した藤島武二らに影響を与え、与謝野晶子の詩集『みだれ髪』の表紙も藤島が描いています。

ミュシャのカレンダーのなかでは「黄道十二宮」(1897)がもっとも有名で人気があります。女性のたなびく髪の毛がとても魅力的な作品ですが、顔のまわりに黄道十二宮が描かれ、下部に12ヵ月の暦が入っています。さらに不滅の象徴である常緑の月桂樹を上段の両隅に置き、下段には左に太陽(ヒマワリ、昼)、右に月(ケシ、夜)を配しています。

かれはまた“四季絵”のカレンダーも手がけています。「カレンダーの四季」(1897)は美人画を冬(1月~3月)・春(4月~6月)・夏(7月~9月)・秋(10月~12月)の順に割り付けています。チョコレート会社の宣伝用に腕を振るいました。「人生の四季」(1898)では冬・春・夏・秋に対応して男の幼年期、少年期、壮年期、老年期を描き分けています。しかも、男性に女性が付き添うという構図は一貫しています。

すこし横道にそれましたが、ふたたび資生堂の御家庭暦に戻りましょう。興味ぶかいことに、そのカレンダーも四季を意識しています。というのも、月ごとに化粧方法を丁寧に記述しているからです。しかも商魂たくましく、季節にふさわしい会社の商品名が付け加えられています。たとえば1月の頁を見ると、「夜お休みのせつコールドクリームをおつけになれば、お顔の肌を徹底的に美しく健全にします。白粉(おしろい)を洗ひ落とした顔にすりこむ様につけますと一度肌の中に吸ひ込まれたクリームは朝までの間に肌の中の汚いものを吸収して顔面に出て来ますから、それを洗ひ落とせば顔の中まで綺麗(きれい)になります」といった具合です。これぞ“美容暦”の真骨頂といえるでしょう。

資生堂は1913年の創業ですが、1916年には意匠部を発足させ、美術学校の学生や若手の芸術家を集め、パッケージ・デザインや広告に芸術性の高い「資生堂スタイル」を打ち出していきました。カレンダーもその一環として作成されたのです。1931年といえば、不況の真っただ中で、2つの雑誌の休刊、大阪支店の閉鎖、役員50%社員10%の減給などを断行せざるをえないところまで追いつめられていました。他方では、モボ・モガが闊歩(かっぽ)し、「エロ・グロ・ナンセンス」といわれていた退廃的な時代が続いていました。そんなときに化粧品に特化した資生堂は垢抜けしたハイセンスな洋風カレンダーを作成していたのです。

【参考文献】
『資生堂百年史』資生堂、1972年。 三井泉「美容暦―化粧品会社のカレンダー」『大阪新聞』2001年12月15日(再録:中牧弘允・日置弘一郎・廣山謙介・住原則也・三井泉ほか著『会社じんるい学PARTⅡ』東方出版、2003年、85-88頁。)

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日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。
著書に本コラムの2年分をまとめた『ひろちか先生に学ぶこよみの学校』(つくばね舎,2015)ほか多数。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト