今朝、我が家の庭先に、蝉の第一号が、ふりしぼるように鳴き始めました。夏を迎える虫の知らせ。もうひとつ、どこからともなく現れたのは、漆黒の羽をもつ2匹の蜻蛉のつがい。ちょうどお盆を迎えるころに現れて、いつも知らない間にいなくなるのですが、幼い頃より「神様とんぼ」と呼んでいました。ハグロトンボという名前を持つそうで、エメラルドに輝く細身の体で、ひらりと優雅に羽を開く姿はとても神秘的。祖母から、ご先祖さんが宿っているんだよと教わったことを思い出しました。お盆行事が多い夏ならではの言い伝えかもしれません。

古より、季節ごとの身近な虫や草木には、神や仏の教えが宿るとされてきました。その一つが初夏を彩る蓮の花。泥の中から清廉な花を咲かせる姿は、インドでは仏の悟りと喩えられ、古代エジプトの壁画には、聖なる象徴として美しく描かれています。中国では、葉や実に薬効があることから珍重され、日本にも、寺院や庭園などに植えられて、観賞用としても広く伝わっていきました。現在も、お盆には、蓮の葉の上に野菜や果物を供え、蓮花をかたどったお菓子を供えることから、この世とあの世をつなぐ神聖な花という印象があります。

ちょうど今の時期には、各地の蓮園で、早朝に咲く蓮花を眺める観蓮会などが催されています。花のお寺として有名な京都・宇治の三室戸寺では、毎年7月初旬に蓮酒を楽しむ会が催され、健康長寿のご利益を求めて、多くの人が訪れます。一見すると風変りなその様子は、手に掲げられた蓮の葉の上からお酒を注ぎ、下に伸びた茎の先から口をつけて、ほんのり蓮の香が含まれたお酒を楽しむというもの。中国から伝わり、その様相から「象鼻杯」とも呼ばれています。あらかじめ蓮の葉の中央には穴が空けられていて、茎へと酒が抜けるように細工されているそうで、趣向を凝らした珍しい暑気払いです。 子供のころに、蓮の葉に水滴を垂らして、ころころと転がるのを面白がって遊んだことを思い出しました。蓮の神秘的な形相は、今も昔も人々の心をとらえて離しません。

京の街中は、祇園祭りのコンチキチンの音色が響き、浴衣の装いが彩りを添えています。この期間、まるで街全体がタイムスリップしたかように、古の時代のものたちが蘇ります。疫病を鎮めるために千年以上前から続く祭りは、京の町衆たちの誇り。各鉾町に絢爛な装飾を施された山鉾がそびえ立ち、山鉾の前には、酒蔵から奉納された樽酒が積まれています。“御神酒あがらぬ神は無し”という言葉の通り、祇園祭にまつられた酒樽。鉾町によって、並ぶ酒蔵も様々。また蔵元さんが立ち、振る舞い酒を楽しめるところも。その場を清め、神と人とをつなぐお酒のご利益。今年も宵山の夜を盛り上げています。

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