



日毎に大地が緑におおわれていく小草生月(おぐさおいづき)。冬の間、じっと春を待っていたミツバチの女王はすぐに産卵を始め、働きバチはせっせと子育てを始めています。早春に咲く花は、ミツバチにとって大事な蜜源です。
ミツバチは桜が咲く頃までに急いで群れの数を増やしていき、晩春の百花繚乱の蜜をたっぷりと集めた後、巣別れの準備に入ります。花粉はタンパク質(おかず)、蜜はエネルギー源(ご飯)です。花の蜜はミツバチの身体を支える主食となりますが、子育てに欠かせないのは花粉です。

この季節のミツバチの力強い味方は、オオイヌノフグリの花粉です。小さなオオイヌノフグリの花粉は白。ひとつひとつは小さいけれど、数があるので、結局は大きな力になります。ミツバチも同じで、一匹一匹の力は小さいけれど、集団で生きることで大きな仕事を成し遂げます。
いぬふぐり星のまたたく如くなり 虚子
高浜虚子が星に見立てたように、オオイヌノフグリは小さな青い星屑のような花ではありますが、寒さにも強く早春から晩春まで、長く群生して咲き続けます。群青とはまさにこのことかと思わせてくれるような深い青。この輝くような群青色の花を、ひそかに愛する人は多いのではないでしょうか。なかにはこの花がいちばん好きだという人もいるくらいです。

春の大地を覆うように繁殖し、踏まれながらも懸命に咲いています。一緒に咲いているのはホトケノザ、ハコベ、ヒメオドリコソウ、カラスノエンドウなどです。緑の絨毯も近づいてみると、花盛りを迎えています。
オオイヌノフグリの種にはアリが好む甘い物質エライオソームがついており、アリが運んで拡散しています。スミレやカタクリなども同様で、長い年月をかけてアリとの共生関係を築いている植物のひとつです。
よく似ている植物に、タチヌノフグリがあります。オオイヌノフグリがしなだれて倒れるように伸びているのに比べ、タチイヌノフグリは垂直に立ち上がるように生え、花の形状はよく似ていますが、さらにさらに小さな青い花です。

オオイヌノフグリやタチイヌノフグリは、明治以降に全国に広まった帰化植物で、在来種とされるのはイヌノフグリなのですが、オオイヌノフグリの勢いに押されて、現在はほとんど見られず、絶滅危惧種になっています。イヌノフグリの花は小さく、色は紫がかった淡いピンクです。ちょっと違いを覚えておくと楽しいかもしれません。

よく見るオオイヌノフグリも地域やコロニーによって個体差があり、紫に近いもの、青の濃い、薄い、花びらの筋がはっきり見えるもの、見えないものなど色々です。
瑠璃色が美しいオオイヌノフグリには、小さな青い鳥を見つけるような喜びがあるような気がします。幸せはつねに足元にあるのだ、と教えてくれているかのようです。おおげさではなく、とてもささやかだけれど、日々の確実なもの。そんなイメージと重なります。花言葉は「神聖」「信頼」「清らか」など。イタリアではオッキディマドンナ、「聖母マリアの瞳」と呼ばれているそうです。
青い鳥、青い蝶、青い花、ブルーサファイア。青は聖なるものにつながる神秘の色です。

ブルーの花といえば、もうひとつ。5弁の水色の花びらの中心に黄色がみえるのが、キュウリグサです。忘れな草をもっと小さくしたような花で全体に細く、華奢な草花です。スウェーデンカラーのじつにおしゃれな配色。この愛らしいキュウリグサを見慣れてしまうと、オオイヌノフグリが大きくみえてしまうほど小さな花ですが、都会の路傍のあちこちで見られます。

ところで、イヌフグリという奇妙な名前は花ではなくて、花のあとに2粒ずつふくらむ実の形からきています。キュウリグサの名は葉をもむとキュウリのような匂いがするためです。愛らしい花たちなのになんとも味気ない名前になってしまっていますが、昔は花が咲いていない時期に、植物を見分けることが重要だったことの名残ともいえます。
植物のなかには薬草になるものや、毒性のあるものもあります。花が咲いていなくても、植物を正確に、それと見分けることは大事なことでした。それだけ植物に触れ、日々活用していたわけで、身近な植物を活用することがなくなった現代人にはすべて雑草として見えているわけです。
春の小さなブルーの花たち。今の季節、ぜひ探してみてください。


月刊婦人雑誌の編集を経て独立。96年から人生に起こるシンクロニシティを探求し、日本古来の和暦に辿り着く。2003年より地球の呼吸を感じるための手帳、「和暦日々是好日」を製作・発行。月と太陽のリズムをダイレクトに受け取り、自然の一部として生きるパラダイム・シフトを軸に講演、執筆、静かにゆっくり活動中。
手帳「和暦日々是好日」など
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