

風と露の儚さ ゲンノショウコ
ゲンノショウコは晩夏から秋にかけて、なんとも可憐な花を咲かせます。私の田んぼの畦では9月頃から、よく咲いています。薄く儚げな花びらにみえる、美しい紫の筋模様。ついしゃがんで、のぞきこみたくなるような繊細さです。

ゲンノショウコはフウロソウ科フウロソウ属の多年草で、江戸時代から下痢止めの民間薬として利用されてきました。フウロの文字は「風露」です。風と露という美しい名前をもつフウロソウ属の花はどれも儚げで、ぴったりの名前だと思うのですが、じつはフウロソウという単独の草はなく、それぞれ◯◯風露と名づけられていて、フウロソウはそれらを総称する言葉として使われています。
ビッチュウフウロ、ハクサンフウロ、イヨフウロ、カイフウロなど地域を限定する変種も多く、絶滅危惧種に指定されているものもあります。その中で北海道から沖縄まで、日本全国の山谷や道端でみられるゲンノショウコは、いわばフウロソウの代表選手のような存在で、本来であれば、これがフウロソウだといってもいいくらいなのですが、フウロと呼ばれることはなくなってしまったフウロソウなのです。

ゲンノショウコはセンブリ、ドクダミと並ぶ日本三大和薬のひとつとされ、日本特有の薬用植物です。全国に自生することから、採取しやすい身近な民間薬としてよく知られていたのでしょう。これを飲めばたちどころに効果があることから、「現の証拠」というちょっといかめしい名前になってしまいましたが、実際はご覧の通り「風露」の風情たっぷりの花です。

たちまち治ることからタチマチグサ、イシャイラズ、イシャナカセ、テキメンソウなどの異名もあります。それほどゲンノショウコは下痢止め、食あたり、消化不良、膨満感、便秘、整腸作用など、いわゆる「お腹の薬」としてよく知られていたのです。古くは「牛扁」の字をあて、牛の病気を治す薬草としても用いられていたようです。消炎、抗菌作用もあるため、お風呂の入浴剤にもなるそうです。
下痢止めの場合は、全草を天日乾燥させ、色が濃くなるまでじっくり時間をかけて煎じたもの。慢性的な胃腸の改善や便秘の場合は、軽く煎じてお茶がわりに飲むとよいそうです。ただし、ギザギザのある葉の形がトリカブトやウマノアシガタなどのキンポウゲ科の植物とよく似ているため、採取には十分注意が必要です。慣れない人は花が咲いているときがいちばんわかりやすいでしょう。
とはいえ、あまりに愛らしい花なので、摘んでしまうのはもったいなく、私はただただ、楚々とした「風と露」の風情を眺めるばかりです。

夏に紹介したアメリカフウロは名前の通り、外来種です。アメリカフウロよりもゲンノショウコの花はずっと大きく、咲く時期も異なり、晩夏から秋にかけて咲きます。都会ではアメリカフウロの方が多くなっている印象です。みかけたら、ぜひ大切にしてあげてください。薬草として使われなくなった今は単なる雑草としてみられ、除草剤をかけられてしまうこともあります。そんな何気ない草地に、この花は楚々として咲いています。

さて、ゲンノショウコのもうひとつの魅力は花が終わり、勢いよく種がはじけた後のこの美しい曲線! くるんとカールした王冠のような見事な形です。
ツンツンと尖って茶色くなったさく果を触ると、パンっと弾けるところがみられますので、一度、お試しください。ゲンノショウコは花期が長いので、今、咲いているものもあれば、咲き終えて、先にさく果になっているものもあって、両方同時に見られることも多いとおもいます。この形がお神輿の反り返った屋根に似ていることから、ミコシグサの名もあります。

フウロソウの色はさまざまで、ゲンノショウコにも白のほかにピンクの強いものがありますが、私はこの小さな妖精のような白いゲンノショウコが、初秋のくさぐさの中で、ことさら美しく感じます。

開ききらずにすぼまって、うつむいている花も風情がありますし、大きく開いているものは五芒星の神秘的な宇宙をみるかのようで、紫の端正な筋やブルーの雄しべがよく見えますし、咲き方で色々な表情があります。周辺には他の小さな秋草も咲き、その複雑にミックスしていく姿が美しい季節でもあります。足元の小さな世界。ぜひ探してみてください。


月刊婦人雑誌の編集を経て独立。96年から人生に起こるシンクロニシティを探求し、日本古来の和暦に辿り着く。2003年より地球の呼吸を感じるための手帳、「和暦日々是好日」を製作・発行。月と太陽のリズムをダイレクトに受け取り、自然の一部として生きるパラダイム・シフトを軸に講演、執筆、静かにゆっくり活動中。
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