
梨がおいしい季節になりました。江戸時代は果物のことを「水菓子」と呼んでいました。現在でもコース料理のお品書きのデザートとして時々、目にする言葉ですが、梨はまさに「水菓子」のイメージです。
梨むくや甘き雫の刃を垂るる 子規
シャリシャリした歯ごたえと口に広がる天然の甘い水。命が生き返るようなみずみずしさに魅かれます。私は果物の中で、梨がいちばん好きです。初秋のどこか少しさみしいような、終わりゆく華やかな夏を惜しむかのような、不思議な時空に包まれた味わいが好きなのかもしれません。
梨が出回る頃は、暑かった日々が嘘のようにひんやりとした空気に包まれていたり、台風が来るのを待っているような時間であったり、しとしとと静かに秋雨が降っていることもあります。旬のものには必ずその季節ならではの気配や記憶が、一緒に刻まれているように思います。
梨をむく音のさびしく霧降れり 草城
梨は『日本書紀』に持統天皇が栽培を奨励している記述もあるほど、古くから日本人に親しまれてきた果物のひとつで、江戸時代に入ると全国で盛んに栽培され、江戸後期には100種以上の在来種があったようです。水分のかなり多い近年の梨は品種改良によるもので、昔の人が食べていた梨とはずいぶん違うのではないかとおもいます。
梨のシャリシャリした食感の成分は食物繊維のリグニンで、発がん性物質を排泄する働きがあるそうです。肝臓の働きを助けるタンニンや、新陳代謝を促すカリウムも豊富。消化酵素が含まれているので、口の中がさっぱりするというだけでなく、本当にデザートにぴったりの果物です。夏の疲れを癒し、秋に向かう身の新陳代謝を促してくれる梨。風邪や喉の痛み、疲労回復、二日酔い、便秘解消など、まるで水薬と呼びたくなるような効果がたくさんあります。自然の摂理の中で生かされている私たちは、旬のものをたっぷりいただくことがいちばんの健康法だということをいつもおもいます。
かつて水分があって甘い果実は、すべて水菓子と呼ばれていました。お菓子の少ない時代には、果物こそが貴重なお菓子だったことでしょう。日本のお菓子の神様は、蜜柑の神様ともいわれる田道間守命(たじまもり)です。現代は加工された芸術品のようなお菓子がたくさん出回っている現代ですが、やっぱり生の果物が私にとっては何にも勝る、最高のお菓子だとおもうのです。

