卵の旬はいつかご存知でしょうか。卵の旬は、春です。七十二候に「鶏とやにつく」という候があります。立春直前の最後の候で、このあとは「東風氷を解かす」という第一候が始まります。「鶏とやにつく」は耳慣れない言葉ですが、鶏が春を感じて、卵を抱き始める姿をさしています。
本来、鶏も他の鳥たちと同じように、春から初夏にかけて卵を生んでいたのです。春の卵は、母体の中でゆっくり時間をかけて成熟していくため、栄養価が高いともいわれています。昔の人々にとって、自然の恵みとしていただく鶏の卵は、どんなに美味しく、貴重な栄養源であったことでしょうか。現在は、人工的に採卵され、季節を問わず安定的に供給されていますが、かつて卵という恵みは、必ず春の喜びとともにありました。そして人々は鶏が卵を抱き始めるのをみて、春の訪れを感じてきたのです。そんなのんびりした風景にぜひ思いを巡らせてみてください。
ところで鶏の寿命は、通常であれば10?15年にも及びますが、採卵鶏の寿命は平均で2年、食肉用のブロイラーに至っては、生後2ヶ月で出荷されているのが現状です。本来の豚の寿命は10?15年、牛に至っては20?30年も長生きしますが、食肉用の豚は約6ヶ月、食肉牛は2年半のきわめて短い生涯を終え、食肉となり、私たちを生かしてくれるのです。
「鶏とやにつく」という候をみる度に思うのは、自然本来の摂理から離れ、大量生産、大量消費をしている私たち人間の傲慢さです。まったく食べないということではありませんが、たくさんの命の犠牲の上に、今の贅沢な暮らしがあることを忘れてはならない、と思うのです。うなぎと同じように、飽食することなく必要なときだけ、特別なご馳走としていただく、ということを心がけていくことが、今私たちにできる、せめてものつぐないのように思えるのです。春をさえずるウグイスも、鶏舎に飼われる鶏も、同じいのちに変わりはないのですから。