こよみの学校

第232回 アメリカの農民暦 1月は狼満月

第232回 アメリカの農民暦 1月は狼満月

アメリカの農民暦

アメリカには225年以上続く「老農夫のアルマナック」(The Old Farmer’s Almanac)と称する暦があります。暦とは言っても、年月日や祝祭日を示す暦情報以外にも天文情報、天候予測、園芸、料理法など多様な情報を含んだ年鑑のほうです。サイズはA5とB6の中間くらいで、300頁ほどの本です。そこにはアメリカの独立から何年というような年号があるかと思えば、北米の市(いち)や博覧会のトップ25が掲載されています。月の満ち欠けに合わせて禁酒やダイエットをはじめる日とか、釣に行くのに良い日とかの情報も盛り込まれています。農民や漁民だけでなく、自然志向の人びとにも重宝がられている生活便利帳と言えるでしょう。見れば、左肩上方に小さな丸い穴が開いているので、紐を通してどこかに掛けることを想定しているようです。昨今ではオンライン検索も可能となりました。

満月の名称

アメリカの農民暦には満月名のリストが載っています。アメリカ北・東部の先住民が季節を知るために満月(Full Moon)に名前を与えたと解説されています。それを列記すると以下のようになります。ただし、満(Full)は省略しています。

1月 ウルフムーン Wolf Moon(狼月)
2月 スノームーン Snow Moon(雪月)
3月 ワームムーン Worm Moon(芋虫月)
4月 ピンクムーン Pink Moon(桃色月)
5月 フラワームーン Flower Moon(花月)
6月 ストロベリームーン Strawberry Moon(苺月)
7月 バックムーン Buck Moon(男鹿月)
8月 スタージャンムーン Sturgeon Moon(チョウザメ月)
9月 ハーベストムーン Harvest Moon(収穫月)
10月 ハンターズムーン Hunter’s Moon(狩猟月)
11月 ビーバームーン Beaver Moon(ビーバー月)
12月 コールドムーン Cold Moon(寒月)

民族ごとに異なる満月の名称もあり、1月にはオールドムーン(古月)、2月にはハンガームーン(飢餓月)、7月にはサンダームーン(雷月)、11月はフロストムーン(霜月)といった具合です。

オオカミの遠吠え

一例として年初の狼満月をとりあげてみます。アメリカの先住民は、オオカミの遠吠えにちなんで、1月の満月を狼満月と命名したのかもしれません。なぜなら、この時期にオオカミは繁殖期をむかえるからです。他方、群で行動するオオカミにとって1月は食料が少なく、縄張り争いも激しさを増し、遠吠えが多くなるという説もあります。しかし、オオカミの遠吠えが1月に突出しているという科学的根拠はないようなので、いずれも推測の域をでません。

狩猟・漁労・採集で暮らすアメリカ先住民の神話ではオオカミは勇気や強さの象徴とみなされ、忠誠、自由、知恵といった精神性をそなえたトーテム動物として扱われています。トーテムとは人間との神秘的な関係をもつ動植物であり、人間に敵対する悪しき存在ではありません。

ヨーロッパの狼月は12月

アメリカとは異なり、ヨーロッパではオオカミは怖い存在でした。そのことは童話『赤ずきん』の例を引くまでもありません。ましてや家畜を襲うオオカミは害獣です。しかし、オオカミと聖ニコラウスがかかわっているとは知りませんでした。聖ニコラウスは家畜の守護者でもあり、その祭は12月6日におこなわれますが(本コラム第228話参照)、ポーランドではこの日からオオカミが活動を開始するとみなされていました。セルビアやクロアチアではクリスマスの時期にオオカミの毛皮をかぶった仮装行列がおこなわれ、この期間に機織りなどの仕事をすると、オオカミがヒツジをさらうと信じられていました。チェコでは中世ドイツと同様に12月が狼月とよばれていました。南スラヴでも1月は肉食や羊毛の加工は禁じられ、それを守らないとオオカミが家畜を襲うと恐れられていたのです。ポーランドやボスニアではクリスマスイブにオオカミを儀礼的に招き、食事を与えて、その被害を未然に防ごうとすらしていたそうです。

【参考文献】
伊東一郎 1986「スラヴ民族の文化」森安達也編『民族の世界史10 スラヴ民族と東欧ロシア』山川出版社。

中牧ひろちか 吹田私立博物館館長 暦(こよみ)の学校
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