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今回は山の日のルーツについて学んでみましょう! こよみの博士ひろちか先生
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七夕は星が綺麗に見える?

夜空の星をながめることのすくない現代日本人でも七夕のころにはふと空を見上げることがあるかもしれません。星に願いを込めて短冊を竹や笹につるす風習も学校教育に引き継がれています。しかし、西暦の7月7日はまだ梅雨時です。旧暦の7月7日こそ星をまつる七夕にふさわしい季節でしょう。今年は閏皐月が入っている関係で例年よりもかなり遅く、西暦の8月28日が旧の七夕です。

イラスト1

七夕(しっせき、たなばた)は言うまでもなく五節句(節供)のひとつです。五節句とは旧暦の正月7日の人日(じんじつ)、3月3日の上巳(じょうし)、5月5日の端午(たんご)、7月7日の七夕、9月9日の重陽(ちょうよう)です。いずれも陽の奇数がつかわれる日で、最大の陽が重なる日が重陽にほかなりません。もともと神に食物をそなえたところから節供という名称が生まれ、節句と書きならわすようになったのです。

七夕の由来

「たなばた」の語源は棚と機(はた)です。しかし、七夕といえば中国の織女(おりひめ)と牽牛(けんぎゅう、彦星)の伝説がよく知られています。ふたつの星は天の川をはさんで一年に一度の逢瀬を楽しむというかの有名な話です。平安時代になると、機を織る女性が機織女(はたおりひめ)として乞巧奠(きっこうでん)という機織りや裁縫技術の上達を願う儀式に登場しました。機織りが巧みになるよう乞い願う貴族階級の祭りです。それが江戸時代の中期になって庶民にも広がり、短冊に願いを込めて竹や笹に結び付ける風習として定着しました。

イラスト2

一方、武家階級には江戸時代の初期から七夕は浸透し、それが伊達藩の伝統を継ぐ仙台の七夕ともなっています。仙台の七夕は東北三大祭りのひとつに数え上げられますが、実は青森のねぶたも七夕行事とみなすことができます。というのも、月遅れの行事(新暦と旧暦の中間という意味での中暦)として8月7日にクライマックスを設定しているからです。もっとも、ねぶたのほうは風流(ふりゅう)の眠り流し、つまり睡魔をはらう趣向を凝らした行事に特化していきましたが。

各国の七夕

地理的にみると、七夕は中国に発し、北は朝鮮半島、南はベトナム、そして東は日本へと伝播した習俗です。中国では先述のように乞巧奠として女性が裁縫にしろ機織りにしろ手先が器用になることを祈願する日でした。現在ではそうした伝統はすたれ、「愛情節」ないし「情人節」として「恋人の日」となっているそうです。韓国でもベトナムでも「恋人の日」としてプレゼントを交換することに変わりはありません。

イラスト3

七夕はさらに太平洋を越えてアメリカやブラジルにも伝播しています。アメリカではロサンゼルスのリトルトーキョーで二世ウィークにあわせて8月中旬にお祭りしているそうです。地元の宮城県人会が中心となり、仙台市の協力を得て開催されるようですが、ブラジルも同様に宮城県人会が主催して、サンパウロの東洋人街であるリベルダージ地区で7月の週末に挙行されています。わたしもいちど見物したことがありますが、仙台の七夕を彷彿(ほうふつ)させるような飾りつけは見事でしたし、そろいの浴衣姿の踊りも風情があり、一般のブラジル人が短冊に願いを書きつけている姿も微笑ましく感じられました。

ブラジルで忘れられないのは乾季のアマゾンでながめた星空です。天の川をMilky Wayとはよく言ったもので、牛乳をこぼしたような星群がうっすらと雲のようにひろがっていました。織姫と牽牛の二星を特定することはできませんでしたが、地球から織姫までは26光年、彦星までは17光年、二星のあいだは約15光年だそうです。天文学的には古代のロマンもかすんでしまいそうです。

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日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト