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今回は山の日のルーツについて学んでみましょう! こよみの博士ひろちか先生
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雪国の民族誌

『北越雪譜』は江戸末期に書かれた雪国の民俗誌です。北越は越後国の北部を指しますが、作者である鈴木牧之(ぼくし)が住んでいた魚沼郡塩沢を中心とした山間部の豪雪地帯が対象地域です。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という有名な書き出しではじまる川端康成の『雪国』は越後湯沢が舞台ですが、塩沢とは直線距離にして15キロほどしか離れていません。

イラスト1

雪国は江戸のような暖国とはちがい、雪に覆われる期間が旧暦の10月から5月までおよそ8カ月に及びます。「雪九月末より降はじめて雪中に春を迎、正二の月は雪尚深し。三四の月に至りて次第に解、五月にいたりて雪全く消て夏道となる」と描写しています。雪のないのは4カ月だけで、雪中にこもるのが半年に達し、家のつくりはもっぱら雪を防ぐことにあると力説しています。雪中に春を迎えるという季節の違和感は正月、2月の積雪のほうがなお深いことでいっそう増幅されています。そして夏道に対比されるのは冬道ではなく雪道です。荷物を運ぶのは夏道の場合、牛馬に頼るけれども、雪道では雪車(そり)・雪舟(そり)のほうが牛馬に勝り、雪道のことを雪舟途(そりみち)とも言うと述べています。

イラスト2
冬の熊と人

雪国では雪中にこもるのは人と熊であると牧之は指摘しています。熊は秋の土用より穴に入り、春の土用に穴より出ると伝えられているそうで、土用がウナギを食べる夏だけではなく、年4回、春夏秋冬にあることがきちんと認識されていました(第107回参照)。熊を捕るのは春の土用を目安とし、熊の胆(い)は越後のものが上品とされ、雪中のものが高価で、出羽国あたりからも漁師が猟犬を連れてやってくると記しています。

イラスト3

熊が人を助けたという聞き書きも載っています。82歳の老人が語った若い時の体験談ですが、雪の割れ目から谷底に落ち、岩窟に入ったところ、温かいので手探りをすると熊だったので、胸も裂けるほど驚いたが、覚悟を決めて熊をなでると、熊はみずからのいたところに自分の尻を押しやってくれ、そこは寒さを忘れるほど暖かで、そのうえ熊と背中合わせに寝て夜を明かしたと述べています。にわかには信じがたい逸話ですが、冬眠中の熊と人との出会いはいかにも雪国らしく、心と体が温まります。

借金取りの撃退法?

熊につづく話題は縮(ちぢみ)です。縮は越後の名産ですが、糸に撚りをつよくかけ汗をしのぐために縮ませたことに由来しています。いわゆる縮緬(ちりめん)ですが、テレビの黄門様が越後の縮緬問屋の御隠居であることは先にも述べました(第107回)。鈴木牧之もまた縮の商いを家業としていました。

イラスト4

縮をつくるのは女性の冬季の手仕事でした。「雪中に籠り居る間の手業(てわざ)也」と記され、旧暦10月から糸を績(う)みはじめて旧暦2月半ばに晒(さら)し終えました。牧之は「雪中に籠り居る天然の湿気を得ざれば為し難し」と述べ、湿気がないと糸が折れたり弱くなったりするので、湿度の低いときは大鉢などに雪を盛って機(はた)の前に置いて織ることもあると紹介しています。「雪中に織り、雪水に洒(そそ)ぎ、雪上に晒(さら)す」ので「雪ありて縮あり」とまで言い切っています。

イラスト5
容姿よりも縮の技?

旧暦の4月になると縮の市(いち)が立ち、初市のことを地元では「すだれあき」と言うが、雪囲いの簾(すだれ)を取り除くからであると説明しています。旧暦6月15日までを夏縮と言い、17日から翌年の初市までを冬縮と称することを述べ、「年凶すれば穀は上り縮は下る。年豊なれば穀は上り縮は下る」と相場にも言及して結んでいます。なお、嫁を選ぶ際には縮の技を第一とし、容姿は二の次にする、と隠れた掟にもさらっと触れています。

『北越雪譜』初編にはこのほか雪崩のこと、鮭取りのこと、狐や雁のこと、雪ん堂という「かまくら」のこと、氷柱(つらら)のこと、雪中の寒行者や子どもの遊び、はては菊という女の幽霊のことまで、雪国の話題が豊富に書き連ねられています。『北越雪譜』二編は次回としますが、年中行事が詳しく書かれています。

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日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト

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