



ポルトガルやブラジルではAgosto Desgosto(アゴスト デスゴスト)といって8月は不幸の月とされています。いわば“厄月”ですが、韻をふんでいるところがミソです。Casar em agosto traz desgosto.(8月の結婚は不幸を招く)という慣用表現もあります。これには歴史的な理由があります。というのも、大航海時代、ポルトガルからの船団は8月に出港することが多く、戻ってこないかもしれない船員と結婚することが忌まれていたからです。しかも結婚は7月に早めることはせず、9月に遅らせることが慣習となっていました。ポルトガルの植民地であったブラジルにもこのことわざは伝わり、8月は不幸を連想する月になっています。
ブラジルでは8月に悲劇が多いのは“厄月”のせいであるとする言説が広まっています。たとえば、1954年8月24日にジェトゥリオ・ヴァルガス大統領が自殺したこと、1961年8月25日にジャニオ・クアドロス大統領が突然辞任したことがよく引き合いに出されます。それ以外にもさまざまな惨事が例としてあげられますが、8月に不幸が集中しているわけではありません。


8月を英語ではAugust(オーガスト)とよびますが、これは古代ローマの初代皇帝アウグストゥスにちなんだ命名です。7月のJuly(ジュライ)が執政官ジュリアス・シーザー(ラテン語名:ユリウス・カエサル)をたたえる名称であるのと似た経緯でもうけられました(本コラム第3話参照)。古代ローマ帝国の公用語であったラテン語は帝国滅亡後もカトリック教会の公用語として使用されつづけました。そのため西欧では7月と8月はそれぞれユリウスとアウグストゥスに由来する月名が広く使われてきました。

ただし、例外もあります。フランス語の8月はaoût(ウ)と言い、刈入れを意味しています。それは牧草や小麦の収穫時期のほうをローマ皇帝より重視した結果であり、7月はjuillet(ジュイイェ)ですからシーザーに敬意を表した格好になっています。ちなみに、イギリスでもケルト系のウェールズ語では8月はAwst(アウスト、収穫)であり、フランス語のaoûtに通じています。アングロサクソン語ではWeodmonath(雑草の月)と呼び、サイロを満たす干し草を刈る月でした。


ポルトガルのことわざにかかわる結婚式についても比較が必要でしょう。イギリスのジューン・ブライド(6月の花嫁)は有名ですが、ドイツでは5月と8月が花嫁の月とみなされているようです。ポルトガルの隣国スペインでは8月を不幸の月とみなす観念は広がっていないようです。同様に、ラテンアメリカのスペイン語圏でも8月に結婚を避ける風習はみあたりません。どうやら8月の結婚を忌む習慣はポルトガルの港からはじまり、ブラジルに広まった歴史的で地域的な現象のようです。

ブラジルでもう一つ考慮すべきことは、アフロ・ブラジリアン宗教の影響です。奴隷として連れて来られたアフリカ人の子孫のあいだにアフリカ土着の神々が伝承されているからです。そのなかにエシュという悪さをする神がいます。そのエシュをまつる日が8月24日です。そうした要因も加味されて、ブラジルでは8月は縁起の良くない月として定着していったように思われます。
「8月や6日9日15日」という俳句があるそうです。日本でも昭和20年の8月は悲惨な災厄に見舞われた月として記憶されています。しかし、8月を“厄月”とかんがえているわけではありません。「アゴスト デスゴスト」は地球規模でみるとどうやらポルトガル語圏に限られた現象のようです。


日本カレンダー暦文化振興協会 理事長
中牧 弘允
国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。