



西欧の厄日といえば誰しも「13日の金曜日」を思い浮かべることでしょう。英語ではFriday the 13th(金曜日の13日)と言います。曜日では金曜日、数字では13が不吉とかんがえられているので、二重に運の悪い日とみなされています。

金曜日はイエス・キリストが磔(はりつけ)に処せられた日とされています。そのためカトリック教徒は伝統的に金曜日には肉を食べないという風習をまもってきました。カトリックには大斎(たいさい)・小斎(しょうさい)という規範があります。大斎のときは1日に1回だけ十分な食事をとり、朝ともう1回、軽い食事が許されます。小斎のときは、肉類を食べません。大斎と小斎の双方をまもるのは灰の水曜日(カーニバル明けの日)と聖金曜日(イースター直前の金曜日)です。小斎のほうは毎週の金曜日にめぐってきます。しかし、いまでは厳格に肉を断つ信者は少数派にすぎません。それでも、半世紀ほど前、留学していたアメリカの高校のカフェテリアで金曜日は肉を規制していると聞き、おどろいたことがありました。またマクドナルドがフィッシュバーガーを売り出したきっかけは、金曜日にハンバーガーの売り上げが極端に落ちたからだと言われています。

ギリシャ正教などの東方正教会ではカトリックよりもおおくの期間、食事制限を課しています。禁止されるのは肉、魚、甲殻類、貝、タコ、卵、牛乳、乳製品などです。一週間のうちでは基本的に水曜日と金曜日の2日です。なぜなら、水曜日はユダがイエスを裏切った日であり、金曜日は先述のようにイエスが十字架にかけられた日だからです。もちろん教会が定めたとおりに一般の信者がしたがっているわけではありませんし、病人や妊婦、子どもや弱った老人などには適用されません。

他方、13という数字はイエスの最後の晩餐にあずかった弟子のうち、13番目にやってきたユダがイエスを裏切ったという故事に関連づけられています。そのため、ホテルやビルに13階や13号室をもうけないほど、嫌われる場合があります。別の説では、ノルウェーの愛と性の神フリッグがフライデー(金曜日)の語源となっただけでなく、ふつう12人でひらかれる魔女の集会にくわわることがあり、13が凶とされる原因になったと言われています。また、太陰暦では閏月のある年は13ヵ月となり、太陽暦のキリスト教からは異教とみなされたという事情もあります。


このように金曜日と13日はキリスト教徒にとって縁起の悪い日とされ、ましてやそれが重なる日は大厄とされています。しかし、それはたかだかここ1世紀くらいのことにすぎません。というのも、1907年に刊行されたトマス・ローソンの小説『金曜日の13日』に影響された現象だからです。この小説のなかで悪徳業者がニューヨークの証券取引所をパニックにおとしいれるのに「金曜日の13日」という迷信を悪用したところから、一挙にひろまったようなのです。
たしかに船乗りは金曜日の出航を避けてきましたし、旅行に出かけたり新しい事業をはじめたりするのも金曜日は好ましくないとされてきました。しかし、その一方、火曜日も厄日とする観念がありました。スペイン語の火曜日(martes)は軍神マルスに由来し、火曜日の13日はスペイン語圏では凶とされてきました。またイタリアでは火曜日の17日が厄日です。なぜならローマ数字のXVII(17)は容易にラテン語のVIXIに変換され、「わたしは生きてきた=この世での死」を示唆しているからです。「金曜日の13日」は若者世代に広がるアメリカ化の影響とみなされています。

「13日の金曜日」というと、フランスのフィリップ4世がテンプル騎士団を壊滅させるため1307年10月13日の金曜日にメンバーを一斉逮捕したという事件がよく引き合いに出されます。しかし、いわゆる迷信に統一見解があるわけではなく、諸説入り乱れて、今日に至っているというのが実情に近いのではないでしょうか。

日本カレンダー暦文化振興協会 理事長
中牧 弘允
国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。