



わたしの勤務する吹田市立博物館では「さわる月間」なるものをもうけ、資料にさわって体験できる展示をおこなっています。もちろん常設展示でもさわれる資料はそれなりに配置してあり、点字の解説も添えています。その「さわる月間」で今年は点字カレンダーが2点、はじめてお目見えしました。いずれも「触常者(しょくじょうしゃ)」の方からいただいたものです。

「触常者」とは「見常者(けんじょうしゃ)」に対応する呼称で、双方とも「健常者」をもじった造語です。視覚中心の「見常者」に対し、触覚第一の「触常者」というわけです。これを考案したのは、国立民族学博物館時代の元同僚だった広瀬浩二郎氏です。もう10年にもなるそうで、すこしずつ社会に広がっていく手ごたえを感じているそうです。「触常者」のかれは老眼にならないこと、また遠視・近視・乱視はもとより、監視にも幻視にも無縁であると、胸を張っています。


いただいたカレンダーのひとつは古いカレンダーを再利用したものです。点字サークル「さざんか」が猫の写真だけを切りとって、12ヵ月分のカードの束に仕立てたものです。厚手で上質の紙をつかったカレンダーなら、点字も打ちやすいことでしょう。大きさは7㎝×14㎝で、両手で持てる手ごろなサイズです。女性用バッグにも難なく収まります。

猫の写真の上には点字が整然と打ち込まれています。横列の最上段は左から「にち、げつ、か、すい、もく、きん、ど」の点字がならび、その下に「1,2,3,4,5,6,7」の数字がきています。2017年1月はたまたま日曜日からはじまっています。1月であることを示すのは、見出しになっている右側の縦列の数字です。しかも、1月から6月までがいわばセットになっていて、見出しの紙の長短と数字によって、すぐに希望の月のカードに行きつくようになっています。7月から12月までも6枚セットで同様です。
12ヵ月分の次の3枚は白の紙に国民の祝日を載せています。そこでは「1月1日 元日」、「1月2日 振替休日」というように記されています。最後の3枚は青の紙で、何かと思ったら2018年の1月から3月までのカレンダーでした。

もうひとついただいたのは、点字の卓上カレンダーです。月日と曜日はふつうのカレンダーのように日曜日はじまり、土曜日おわりになっています。しかし2018年版は日本地図が主たるテーマでした。表紙では日本全土を点線で示しています。東西南北の方向を示す矢印もあります。月ごとの頁を見ると、北海道(1月)・東北地方(2月)・関東地方(3月)・中部地方(5月)・近畿地方(6月)・中国地方(7月)・四国地方(9月)・九州地方(10月)・沖縄(本島)(11月)となっています。さらに都道府県別に県境が点線でわかるようにしてあります。すごいのは、たとえば東北地方の場合、数字を1から6までふり、1は青森県、2は岩手県、3は宮城県、4は秋田県、5は山形県、そして6を福島県とし、卓上カレンダーの反対側の面に点字の説明を加えていることです。つまり、読み解くときは、卓上カレンダーを両手で持って、左手は表側の地図をさわり、右手は反対面の県名の表示を同時にさわるようになっているのです。

日本に地方は9つしかないので、この点図には新幹線路線図(4月)、日本の主な火山(8月)、日本周辺の海(12月)が加わりました。さらに、卓上カレンダーの台紙には「てんじ いちらんひょー」が載っていて、「見常者」にも点字解読の楽しみを提供しています。製作は社会福祉法人視覚障碍者支援総合センターです。
点字のことを調べていて、おもわぬ副産物にめぐりあいました。それはお札にも凹凸のマークあり、「触常者」の便をはかっているということでした。日本銀行さんもやりますね。
【参考文献】
広瀬浩二郎「見常者と触常者」『日本経済新聞』(夕刊)2019年10月23日。

日本カレンダー暦文化振興協会 理事長
中牧 弘允
国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。