
国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉
教授。吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営
人類学。
ドイツではビールの醸造期間は「ミヒャエリからゲオルギまで」といわれてきました。聖ミヒャエリの日は9月29日、聖ゲオルギの日は4月23日です。聖人の祝日をメルクマールとしてビール暦は成り立っていました。


ワイン暦とおなじくビール暦も独自のカレンダーがあるわけではありません。聖人の祝日が節目の役割りを果たしているのです。聖ミヒャエリとは大天使長ミカエルのことです。聖人ではなく、天使なのです。天使は神の御使いであり、神の助手のような存在です。天体の運行、季節の推移、時間の制御、そして生命の誕生と成長など、神の手足として働くのが天使の役目です。天使は軍団を組み、大天使が7名います。ミカエルはそのトップに君臨する司令長官なのです。天使が戦う相手は悪魔、つまりサタンです。また外敵-アラブ軍やモンゴル軍-と戦う時にもキリスト教の軍勢は聖ミカエルの旗を掲げたといわれています。カール大帝は各地バラバラだったミカエルの祝日を9月29日に固定し、ローマ法王の裁定をうけ、侵入する外敵と戦ったのです。
9月29日はちょうど秋分もすぎ、収穫祭の時期にもあたっています。小麦の収穫も終わり、ビール醸造がはじまる頃合でもあるのです。ビールには上面発酵と下面発酵とがあり、前者は14度~20度で発酵するのに対し、後者は3度から7度で醸成されます。冷却技術が未発達だった時代には、氷がつかえる冬場が下面発酵ビールのシーズンでした。聖ゲオルギの日が下面発酵ビールにとっては縁の切れ目だったのです。


聖ゲオルギとはドラゴン退治で有名な聖ゲオルギウスのことです。ローマ皇帝ディオクレティアヌスのキリスト教迫害にあい、303年にパレスチナで殉教しました。その日が4月23日にあたります。勇敢な騎士として知られ、十字軍の時には、エルサレムに出現したとの伝説まで生まれました。ドイツでは聖ゲオルギウス騎士修道会が設立され、イングランドでは守護聖人となっています。
そのイングランドでは、ビールに相当する飲料としてエールが飲まれてきました。エールは上面発酵の酒ですが、ドイツのバイエルン地方で有名になったラガー(下面発酵)に対抗して、18世紀以降、国内はもとより海外、とくにインドに盛んに輸出されました。透明度が当時としては高かったのでペール(淡い、青白い)な色合いのインディア・ペール・エールとよばれました。長距離輸送や高温多湿の環境における腐敗を避けるために、ホップを大量に投入し、かつアルコール度を高めていました。日本にも幕末にraga-到来し、外国人居留地を中心に飲まれていました。日本のビール史の最初を飾り、いまでも赤い三角形のトレードマーク-しかも世界初のトレードマーク-で知られるバース・ビールがこのエールの伝統を引き継いでいます。


ところで、花嫁の形容詞にブライダルということばがあります。これは語源的にはブライド(花嫁)とエールの合成語です。結婚式の宴会のために特別仕立てでつくるエールがブライダルなのです。ジューン・ブライドのために用意されるお酒もブライダルというわけです。