


中部アフリカのカメルーンはガンバ大阪でも活躍したエムボマ選手の出身国として有名です。しかし、その国名がポルトガル語のカマラン(エビ)からきていることは、台湾の英語名フォモーサ(Formosa)がポルトガル語のイリャ・フォルモーザ(Ilha formosa美しい島)に由来すること以上に、知られていません。ましてや同地に暮らす民族のことなど、専門家以外にはほとんど知る由もないでしょう。

とはいえ、民族にはそれぞれの時間軸や季節観があり、たいへん興味深い事例が報告されています。それはカメルーン北部に住む農耕民ドゥルの暦に関するものです。かつての同僚でもあった端信行氏が紹介している農作業暦は、農業の目安となる時間のサイクルという意味での暦であり、太陽暦や太陰暦の類ではないということが重要です。

ドゥルの居住地域は海抜500m~700mほどのサバンナ高原で、1969年の年間降雨量は例年より多く、約1,800㎜です。しかし熱帯に特有の雨季と乾季があり、西暦の4月頃から9月頃までの半年が雨にめぐまれる季節です。畑は3種類あり、第1のブッシュ(叢林)焼畑ではモロコシを中心にトウモロコシ、トウジンビエ、イネ、ラッカセイ、ササゲ、マメ、ウリ、ゴマ、オクラ、サツマイモなどが栽培されています。第2のヤム焼畑では初年にヤムイモ、2年目にマニオクを植え付けますが、それ以降は土壌の回復を待ってしばらく放置されます。第3のタバコ畑は乾季の間だけ使用されます。

さて、ドゥル語では地球の衛星である月はsiinですが、それはひと月をも意味しています。また、1年は12の月からなりたっています。しかし、月には日付はなく、日数も定まっていません。つまり、期間が一定しない12の月から1年が構成されているのです。その意味で一種の暦ではありますが、不変的で体系的なものではありません。もうすこし子細に見てみましょう。

1年はDug-dugの月からはじまるとかんがえられ、西暦の4月中旬から5月初旬にかけての雨季の開始時期にあたります。その言葉は草木の葉を意味し、一斉に芽吹く様子を示しています。2番目の月のUwartは土中の虫の名前で、この時期に地上にあらわれ這いまわるそうです。二十四節気の啓蟄(けいちつ)とよく似ています。このように以下、月の名称と意味を列記してみます。

3月 Waabab:出作り小屋の意。ブッシュ焼畑は集落からかなり離れているので、出作り小屋をつくり、泊まり込んで農作業にあたる。
4月 Bangowa:雨がたくさん降るという意味。毎日かならず降雨がある。
5月 Nag-bunni:白くない磨(す)り臼の意。古いモロコシを磨っても白くならず、モロコシ自体も磨ることがすくない時期。つまりモロコシの端境期。
6月 Naa:除草するという意味。ブッシュ焼畑において除草がおこなわれる。
7月 Ziedon:囲炉裏(いろり)の火を屋内に入れること。女性たちは外で囲炉裏をかまえ炊事をすることを好むが、まだ雨季が終わっていないので、急に火を屋内に移さなくてはならない。
8月 Zumpui:新しいモロコシが実ること。モロコシが実り、そろそろ収穫がはじまる楽しみの時期。
9月 Hom-waa:小さい寒さのこと。夜間に冷え込む。二十四節気でいえば小寒。
10月 Hom-na’a:大寒の意。
11月 Zum-waa:小暑の意。
12月 Zum-na’a:大暑の意。サハラ砂漠からの熱風ハーマッタンが吹く。


以上の月名から、ドゥル農民の1年は基本的にはブッシュ焼畑における8ヵ月の農作業と深くかかわっていることが理解できます。ヤムイモの栽培は最大の現金収入ですが、タバコと同様、その農作業は月名に反映されていません。また、ひと月は29日でも30日でもなく、およその目安を示すにとどまっています。その判断は農作業の過程と寒暖の差にもとづいています。しかも、雨季の間は前者に、乾季の間は後者にもっぱら依存していることがわかります。
1年を365日と決めることもなく、閏月をどこに入れようかと迷うこともなく、ドゥルの焼畑農耕民は12の月からなる1年のサイクルをわきまえ、日々の暮らしを立てているのです。
【参考文献】
端信行「ドゥル族の季節観と農作業暦」『国立民族学博物館研究報告』1巻3号、1976年、537-564頁。

日本カレンダー暦文化振興協会 理事長
中牧 弘允
国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。