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和菓子の水無月-暑気払いと厄除け

今回は和菓子の日について学んでみましょう! こよみの博士ひろちか先生
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水無月という和菓子があると知り、家内に買ってきてもらいました。「厚さ1センチほどの外郎(ういろう)の地の上に甘く煮た小豆(あずき)を散らして、三角形に切り分けただけのごく単純なお菓子」と書かれていたので、長方形は意外でした。ためしに三角形に二分して食べてみたところ、甘さひかえめの、ほどよく品のいい味がしました。

和菓子の水無月は京都を中心に販売されています。都とその周辺地域だけに限定された味覚なのです。季節も水無月にかぎられています。いろいろ調べてみましたが、陰暦の月名をとった和菓子はこれ以外にはみあたりませんでした。
水無月は古来、和菓子と縁が深いようです。歴史的には、嘉祥(かじょう)元年(西暦848年)の夏、仁明天皇が6月13日に「嘉祥」と改元し、その3日後、16個の菓子や餅などを神前に供え、疫病除けを祈願したことに端を発しているという説があります。その後、6月16日は「嘉祥の日」となり、お菓子を食べる「嘉祥の祝い」が宮廷や公家のあいだで定着し、戦国の武将にも引き継がれていきました。

江戸時代、将軍はこの日に大名や旗本を招き、城内の大広間でお菓子を下賜する嘉祥(南宋の元号「嘉定」を当てる場合もある)の儀をおこないました。民間でも「嘉祥喰い」といって、16個の菓子を無言で食べる習慣が生まれました。この夜には、女子が16歳になった印として、振り袖から詰め袖になる「嘉祥縫い」という元服の風習がありました。また会津地方には「嘉祥の梅」といって、6月16日の未明にとった梅を梅干しにし、旅立ちの日の難のがれとする習慣もありました。

「嘉祥の祝い」は文字どおりおめでたい日として明治期まで盛んにおこなわれていましたが、文明開化にともない次第に洋菓子に圧倒されていきました。それに対し、1979年、全国和菓子協会は6月16日を「和菓子の日」に制定し、栄光の復権をはかる動きをしめしました。明治神宮では直近の週末に和菓子を無料で配るイベントがおこなわれています。東京のとらやでは、大正時代に描かれた嘉祥菓子をこの日に限定でつくっています。大阪には16種類の漢方エキスのはいった「笑わず餅」を食べる習慣があります。いかにも大阪らしく、無言が「不笑」となっているのです。

京都の水無月も嘉祥菓子と同様、厄除けの意味をもっています。6月30日の夏越(なごし)の祓に無病息災を祈って食べるのが、本来のならわしでした。白い外郎は氷を象徴し、三角形は氷室(ひむろ)の氷片の形にあやかっています。氷室とは冬の氷を夏まで保存しておく涼しい空間です。京都には北山に氷室があり、宮中では6月1日の氷の朔日、別名、氷の節句に、それを取り寄せ、臣下に下賜し、暑気払いをしていました。他方、庶民は氷を噛む歯固めのかわりに、保存用の氷餅を焼いたり、三角形の外郎を食べて、夏を乗りきろうとしたのです。

外郎に乗せる小豆には厄払いの意味が込められています。それは色からきています。つまり、小豆の赤が悪霊を退散させる効力をもっていると信じられているのです。中国で旧正月に赤いランタンや春聯(しゅんれん)を飾るのは赤色のもつ除災の呪力にあやかっているからです。このように和菓子の水無月は象徴に満ちた食品であり、疫病の蔓延や暑気による体力の衰弱を防ぐために、都の人びとに食されてきたのです。

ところで、お菓子の神さま(菓祖)をご存知でしょうか。田道間守命(たじまもりのみこと)といって兵庫県豊岡市に鎮座する中嶋神社の御祭神です。由緒によれば、第11代垂仁天皇の時代に、常世(とこよ)の国から非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)を持ち帰ったとされています。これは果物の橘(たちばな)と推定され、最上の菓子でした。もともと菓子と果物はおなじカテゴリーに属し、中国伝来の菓子は唐果物(からくだもの)と読まれていました。江戸時代になって、ようやく菓子が果物ばなれをおこし、果物を水菓子とよぶようになりました。果物の橘をもたらした人物を菓祖とみなす理由はそこにあるのです。

【 参考文献 】
石毛直道『日本の食』(石毛直道自選著作集 第6巻)ドメス出版、2012年。
熊倉功夫『茶の湯日和―うんちくに遊ぶ』里文出版、2012年。
西角井正慶編『年中行事辞典』東京堂出版、1958年。

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日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト