

おわら風の盆の歌詞に「あなた百まで わしゃ九十九まで ともに白髪の 生えるまで」というくだりがあることは、先回のコラムでも紹介したところです。百歳の長寿はいまではさしてめずらしいことではありません。金さん銀さんがブームを巻き起こしたころからは、白寿の祝いもおそらく盛んになってきたにちがいありません。

その画期ともいえる百歳に向けて、市販のカレンダーがあるのをご存知でしょうか。正式名称は「生まれ年から始まる100年カレンダー」です。英文では100 Years Calendar from my birth yearとなっています。1枚物で壁に張るタイプですが、横67㎝、縦98㎝の大きさです。すべて算用数字で、月名も英語です。タイトル、元号と年、歳の2字のみに漢字がつかわれています。イラストは、ちいさな干支の動物が1点だけあります。100年ですから日数に換算すると365日×100年+25閏日=36,525日ほどとなります。そうした数字やアルファベットが細かくびっしり詰まった味もそっけもないカレンダーです。

とはいえ、それでは販売につながらないので、いろいろ工夫が凝らされています。たとえば各年の下に3㎝ほどの記入欄があり、自分史をふりかえったり、人生設計をたてたりするのにも便利であるとうたわれています。そこに「なりたい私」や「叶えたい夢」を記入し、自分史作成に役立てたり、目標達成に向けて計画を練ったりすることが推奨されています。要は、結婚や出産、誕生日や成人式、あるいは入学や就職のプレゼントにいかがか、というわけです。
昭和元年からのカレンダーが販売されていますが、大正元年からだとすでに100歳を超えるという事情がはたらいています。また100歳に達する最終年に元号の記載がないのもうなずけます。そのため基本的に西暦の年号になっていることも了解されます。

100年カレンダーは市販品にかぎりません。美術品としても存在しています。その名も「百年カレンダー」。オン・カワラの作品です。On Kawaraとして世界的に知られているアーティストの作品です。収蔵するのは名古屋市美術館ですが、わたしはまだ見たことがありません。

オン・カワラは河原温という漢字名をもつ、名古屋近郊刈谷市生まれの美術家です。おもにニューヨークを活動の舞台としていました。メディアとの接触を極端に嫌い、展示会図録にも経歴はいっさい明かさず、ただ生きた日数だけを記すという謎の人物でした。

その代表的な作品のひとつに「TODAY」というシリーズがあり、「FEB. 26, 1976」のように日付だけを記したものがあります。英語が多く、スペイン語やエスペラント語もありますが、日本語だけはないそうです。その日のうちに完成しないものは破棄され、複数枚描いた日もあるようです。1966年からはじまり、製作総数は数千点におよび、高価で取引され、全世界に散在しています。

生きた日数のみを数えるという方法はユリウス通日を思い出させます。こちらはユリウス暦のユリウス(シーザー)にちなむものではなく、1582年のグレゴリオ暦改暦の翌年にはじまった年代学上の通日をさします。一般的には考案者の父の名前をとったと言われています。

それはともかく、命長ければ恥多し(荘子)という指摘が一方にあり、他方ではLong life has long misery.(長生きすれば苦悩も長続きする)ということわざもあります。「貧しいリチャードの暦」(ベンジャミン・フランクリン作)にはOne To-day is worth two To-morrows.(今日の1日は明日の2日分に等しい)とあります。100年の歳月をどう受け止めたらいいのでしょうか。

【参考文献】
福岡伸一「On KAWARA」『翼の王国』ANA、2015年9月号。

日本カレンダー暦文化振興協会 理事長
中牧 弘允
国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。