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日本カレンダー暦文化振興協会 中牧弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉
教授。吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営
人類学。

暦は太陰暦、太陽暦、太陰太陽暦に大別されます。このほか雪形や花の開花、渡り鳥の飛来、あるいは雨季・乾季などを指標とするいわゆる自然暦もあります。ただ、天文との関係で忘れてはならないのが星にかかわる暦法です。星宿はその代表的なものですが、今回はシリウスとスバルをとりあげてみましょう。

古代エジプトの暦は太陽暦ですが、実は恒星シリウスの動きに注目してつくられました。シリウス(おおいぬ座α星)は地上から見える最も明るい恒星ですが、当時は夏至の時期に太陽と同じ東の空に、日の出の直前に出現していました。そして、シリウスがあらわれた日を新年としていました。
シリウスの1年は365日でした。たまたまその時期はナイル川の氾濫するときでもありました。そのシリウス周期が1太陽年より約4分の1日短いことを天文学者たちは知っていました。しかし、神官たちが暦の修正を拒否していたのです。ようやく紀元前238年、プトレマイオス三世の時代になって、4年に一度、余分の1日を加えるという閏年を定めました。1年は365.25日となったわけです。しかし、これも神官たちの受け入れるところとはなりませんでした。ようやく、クレオパトラとユリウス・カエサル(シーザー)との出会いによって、エジプトの太陽暦にもとづきローマのユリウス暦が生まれました。そのユリウス暦を修正したのがカトリックのグレゴリオ暦であることはすでに述べましたので、ここでは繰り返しません(「こよみの学校」第23回参照)。とすれば、グレゴリオ暦誕生の遠い主役はユリウス、隠れた功労者はシリウスだったということになります。

他方、南半球の南米に目を転じると、多くの民族の間でスバル(おうし座のプレイアデス星団)が雨季と乾季の推移と結び付けられています。ブラジル・アマゾンの南緯10度あたりに住むタピラペ族の間では、スバルが西の地平線に隠れるのが雨季の終わりごろです。それは西暦の5月にあたり、1年で最大のお祭りがおこなわれる時期でもあります。6月にはスバルがふたたび見えるようになりますが、この間、スバルは喉の渇いた人が水を飲みに来る井戸の底に身を隠している、とかんがえられています。

スバルについて南米の諸民族にはさまざまな伝承(神話)が伝わっていますが、先年100歳を超えて亡くなったフランスの文化人類学者レヴィ=ストロースは、スバルを中心とする天文学的コードを音楽の主題(基準神話)と変奏(若干異なる筋書きの神話)の比喩を使って解読しようとしました。その手際は、まったく無関係に見えるもののなかに関係を見出す名人芸だと称されています。

   

フランスには「シリウスの視点から見るVoir les choses du point de vue de Sirius」という表現があります。近視眼的にならず、大所高所から見ることの大切さをあらわしています。他方、プレイアデスはギリシャ神話ではアトラスとプレイオネからうまれた7人姉妹であり、月の女神アルテミスに仕えたとされています。三日月や満月の近くに現れることはネブラ天穹盤のところでも触れました(「こよみの学校」第8)。シンガー・ソングライター谷村新司の昴には「せめて密やかに この身を照らせよ」というくだりがあります。かくしてタイトルの副題を表記のとおりにしてみました。