見る
  • デザイン資料館
  • ちょうどいい和 暦生活
学ぶ 暦生活
  • こよみの学校
  • 星の見つけ方
感じる  暦生活
  • 和暦コラム
  • 旬のコラム
  • 和風月名コラム
  • かさねの色コラム 暦生活
  • 足元のセンス・オブ・ワンダー
  • 二十四節気と七十二候
聞く
  • お問い合わせ
  • プライバシーポリシー

今回は山の日のルーツについて学んでみましょう! こよみの博士ひろちか先生
バックナンバーはこちら

こよみの末路はあわれである。そう一般には思い込まれているかもしれません。日付を知る用がなくなれば、翌日、翌月、翌年には消え去る運命にあるのですから。正月のゴミのなかには前年のこよみが大量かつ無造作に捨てられていることでしょう。

とはいえ、万に一つの確率で、使命を果たし終えた後にも残るこよみがあります。たとえば絵柄や写真が気に入っている場合など、日付の部分は切り取り、室内装飾として再利用されます。モノをあまりもたないアマゾン先住民の家にも何年か分のカレンダーが壁にそのまま貼ってありました。装飾としてだけでなく、カリワ(白人=ブラジル人)からカレンダーがもらえる家という威信の意味もあったようです。

逆に、日付の部分にメモを描き込む場合は、今でもそれを記録として残すことがあります。平安時代の具注暦(漢字で書かれ、日の吉凶を示す暦注が詳しく記された暦)は巻物でしたが、そこに日記を記入する習わしがありました。藤原道長の『御堂関白記』は完全な形で残っている最古の具注暦であるため、国宝に指定されています。

他方、日本最古の暦は2003年に飛鳥の石神遺跡で発見された木簡の具注暦です(第69回参照)。689年の3月と4月の2ヵ月分が木簡の表裏に筆で記されました。本来は横長の板に書かれたものが、使用後、丸く削って容器の蓋のようなものに転用されたと考えられています。まさに再利用されたからこそ残り、発見につながったのです。

古暦は和紙が貴重だった時代、丈夫な和紙の暦は下張りとして再利用されました。現存する最古の三嶋暦は足利学校の古写本の表紙の裏張りとして使われたものです(第66回参照)。“地震鯰”の表紙をもつ「いせこよみ」もまた伊豆国松崎にある寺院の襖の裏張りから発見され、好事家たちの評判となりました。

ちなみに、「いせこよみ」と表記される暦は伊勢で刊行された伊勢暦ではなく、江戸市中で版行され、渋川春海の貞享暦の登場によって姿を消しました。その表紙には日本図(行基日本図とよばれ、国を団子状に寄せ集めた地図)を“地震鯰”が巻いていて、右上部には「ゆるぐともよもやぬけじのかなめ石かしまのかみのあらんかぎりは」という鹿島神宮の要石の和歌が添えられています。この鯰は、ほんらい龍のイメージだったものが崩れた姿ではないか、というのが暦研究家の故・岡田芳朗氏の説です。

裏貼りに使われた和紙が貴重な発見につながった例は、暦にかぎりません。2007年に三浦梅園の旧宅修理の際に麻田剛立筆「見行草」と梅園謄写の「世界図」が発見されました。三浦梅園も麻田剛立も江戸中期、豊後国が生んだ高名な学者です。梅園旧宅の襖の下張りから発見された「見行草」(暦計算表)から判断するに、西洋の「天動説から地動説」への認識の転換は日本の知識人にはなかったと結論づけられています。これは2016年12月3日の「カレンダーの日」に明治神宮でおこなわれた平井正則氏(日本暦学会会長、日本カレンダー暦文化振興協会副理事長)の講演会でうかがった話です。

現代のカレンダーもまた良質の紙で印刷されているので再利用されることがままあります。私事で恐縮ですが、子どもたちが小さい頃、カレンダーの裏紙はお絵かきの格好の用紙となっていました。また、実家の母はカレンダーの裏紙に自作の歌や文章などを書きこみ、襖の表に貼りつけて楽しんでいました。遺品を整理した時、やたら古いカレンダーが残っていたのは、どうやら「もったいない」の精神で再利用を考えていたからのようです。

破棄、再利用ときて、最後は保存です。後世にカレンダーを残すのは暦家やカレンダー会社のつとめであることは言うまでもありません。平安貴族も具注暦に書きこんだ日記を子々孫々に伝えました。現代では図書館や博物館、それに天文台もこよみの収集に乗り出しています。とはいえ、保存されるこよみは稀有のまた稀有の存在であることに変わりはありません。この国でさえ、毎年2億とも3億ともいわれるこよみが作られては捨てられているのですから。

バックナンバーはこちら

日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。
著書に本コラムの2年分をまとめた『ひろちか先生に学ぶこよみの学校』(つくばね舎,2015)ほか多数。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト