私たちの暮らしには、季節ごとに様々な年中行事が根づいています。民俗学的には、古来より日本では年中行事を通して、不思議な「ちから」を補ってきたと考えられています。今回は、関西学院大学社会学部教授・島村恭則先生に、8月のならわしについて、紐解いていただきました。
ケの日、ハレの日
昔の人は、人知を超えた不思議なちから、霊力が世の中には存在していて、それが「よいこと」をもたらしてくれると考えていました。霊力は毎日の生活の中で段々弱まってくると考えられ、年中行事やハレの日は、こうした霊力を補う機会としての役割を果たしてきました。
異界の存在に触れ、山に入って行ったり海に入って行ったりして、異界の霊力をもらうことで、ちからを充填し、日常に戻っていくのです。それは人間の認知的センス・思い込みとも言えるものですが、上手に活用することで、今を生きる私たちも、そこから日々の暮らし方や生き方のヒントを汲み取ることができます。
旧暦と年中行事
今では年中行事は新暦に合わせて行われることが多くなっていますが、本来は旧暦で考えた方が分かりやすいもの。それというのも、年中行事は月の満ち欠けに合わせて行われていたことが多かったからです。
一年の折り返しに、もう一度力を補う
旧暦7月は、一年を前半と後半に分けたときの後半の入口にあたります。暑さが厳しく、疫病もまだ油断できないこの時期、人びとは元気を補い、見えない災いを遠ざけるために行事を営んできました。旧暦6月には祇園祭のように疫病を祓う行事がありましたが、旧暦7月もまた、まだまだ気をつけたい月だったのです。
旧暦8月から先は収穫の季節へと入っていきますが、そのひとつ手前にあたる旧暦7月は、暑さを乗り越え、実りの秋へ向かうための力を整える大切な時期でもありました。
今回は、お中元やお盆を中心に、旧暦7月に込められた意味をたどってみます。
お中元はただの「贈りもの」ではなかった
旧暦7月の行事としてよく知られているのが、お中元です。今では日ごろの感謝を込めた季節の贈りものという印象が強いですが、元来は別の意味をもっていました。
昔のお中元は、単に品物をやりとりするだけの習慣ではありませんでした。そこには、自分の力、霊魂の一部を贈りものに託して相手に渡すという感覚があったと考えられており、これを「生き御霊(いきみたま)」といいます。
たとえば、子が親へ、分家が本家へ、目下の者が目上の者へ贈りものをする。その品物には、差し出す側の力が込められていると考えられました。受け取る側、とくに家の中心にいる人や年長者は、集まった力を受けて霊力を高めます。そうして高まった力は、お返しや分配というかたちで周囲へ戻されていくのです。お中元は、物のやりとりであるのみならず、力のやりとりでもあったのです。
夏に訪れるのはご先祖様?
今のお盆のイメージからすると、夏に祖先が帰ってくるのはあたりまえのように思えます。けれども、民俗学的に見ると、祖先を祀る意識そのものが、昔から全国一様にあったわけではありません。
たとえば南西諸島の一部では、死んだ人の霊は比較的すぐに新しい命へ生まれ変わると考えられていました。そうした世界観の中では、遠い祖先を代々祀るという感覚は強くありませんでした。数代前までの記憶はあっても、「先祖祭祀」というかたちにはならなかったのです。
つまり、人が死ねばその霊は循環し、また新しい子どもとして生まれてくる。そう考える社会では、旧暦7月にやってくるのは「ご先祖さま」というより、むしろ浮かばれない霊や病をもたらす、招かれざる存在だと考えられていました。
たとえば、道ばたで亡くなった人、子孫を持たずに亡くなった人、突然死して未練を残した人など、うまく次の生へ移れない霊たち。仏教でいう「餓鬼」のような存在が、この時期に訪れると考えられていました。そうした霊は歓迎されるものではありませんから、家の外に供えものを置いて「これを食べて帰ってください」と考えていたようです。
この点をふまえると、お盆を祖先迎えの行事だとみなすのは、後の時代の理解だといえるでしょう。
仏教と儒教が形作った「お盆」
それでは、現在のような祖先を迎えるお盆は、どのように生まれてきたのでしょうか。ここで大きく関わるのが、仏教と儒教です。
仏教には、供養をするという教えがあります。僧侶に善行を施し、その功徳が死者を振り向けられる(=回向)という考え方が、日本にも広まりました。一方、儒教には祖先を大切にし(=供養)、家の系譜を重視する意識があります。そこで、権力者たちは、自分たちの正統性を先祖に求め、その証として墓や系譜を整えてきたのです。
日本では、この仏教的な供養の考え方と、儒教的な祖先意識が重なり合い、いつしか旧暦7月に先祖を迎えて供養し、送り出すというお盆の形が整えられていったと考えられます。
こうした考え方が広がる中で、やがて旧暦7月はご先祖さまが帰ってくる月として理解されるようになります。迎え火を焚き、精霊馬を用意し、祖先のための席や供えものを整える。そうして数日間をともに過ごし、最後に送り火で見送る――現在よく知られるお盆の姿です。
つまり、お盆は昔から先祖を迎える行事だったのではなく、仏教と儒教の影響が重なって形作られた行事なのです。
お盆の時期が三つに分かれた理由
もともとお盆は、旧暦7月13日から16日ごろに行われるものでした。ところが明治の改暦によって新暦が採用されると、お盆の時期には15日を中心に、大きく三つの型が生まれます。
一つは、東京を中心に見られる新暦7月のお盆です。旧暦7月を、そのまま新暦7月に置き換えたかたちですが、季節感としては本来よりひと月早くなります。石川県の金沢市(城下町エリア)などもこのタイプです。
二つめは、全国的にもっとも一般的な新暦8月のお盆です。これは旧暦7月の季節感に近づけるため、実際の気候に合わせてひと月後ろへ移したものです。
そして三つめが、沖縄や奄美などに今も残る旧盆です。こちらは旧暦7月13日から16日をそのまま継承するため、年によって新暦8月下旬から9月と、時期が変わります。
年中行事はたくさんあるので、全部やろうとすると大変ですけれど、一つでも好きな行事を選んで楽しんでみてはいかがでしょうか。きっと気持ちが豊かになります。ぜひ、自分で年中行事をデザインして、生き生きと暮らしてみてくださいね。
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島村恭則
民俗学者・関西学院大学社会学部長 教授
東京都杉並区生まれ。兵庫県西宮市在住。好きな季節は、沖縄の「うりずん」。3月下旬から4月下旬にかけての一年でもっとも爽やかな季節のこと。著書に『これからの時代を生き抜くための民俗学入門』(辰巳出版)、『昔話の民俗学入門』(創元社)などがある。