私たちの暮らしには、季節ごとに様々な年中行事が根づいています。民俗学的には、古来より日本では年中行事を通して、不思議な「ちから」を補ってきたと考えられています。今回は、関西学院大学社会学部教授・島村恭則先生に、10月のならわしについて、紐解いていただきました。
ケの日、ハレの日
昔の人は、人知を超えた不思議なちから、霊力が世の中には存在していて、それが「よいこと」をもたらしてくれると考えていました。霊力は毎日の生活の中で段々弱まってくると考えられ、年中行事やハレの日は、こうした霊力を補う機会としての役割を果たしてきました。
異界の存在に触れ、山に入って行ったり海に入って行ったりして、異界の霊力をもらうことで、ちからを充填し、日常に戻っていくのです。それは人間の認知的センス・思い込みとも言えるものですが、上手に活用することで、今を生きる私たちも、そこから日々の暮らし方や生き方のヒントを汲み取ることができます。
旧暦と年中行事
今では年中行事は新暦に合わせて行われることが多くなっていますが、本来は旧暦で考えた方が分かりやすいもの。それというのも、年中行事は月の満ち欠けに合わせて行われていたことが多かったからです。
「初穂」から「刈り上げ」へ
秋は、作物の実りの進行具合に合わせ、収穫へ向かって段階ごとに年中行事が行われていました。
稲作の場合、収穫は「初穂」と「刈り上げ」の大きく二つの段階に分けられます。「初穂」は、稲穂が出始めたものの、まだ中身は未熟な状態、「刈り上げ」は、稲が完熟し、刈り取れる状態のことを指します。
旧暦9月は、東日本(東北〜北関東)では収穫の時期にあたり、「刈り上げ」にまつわる年中行事が行われます。その一方で、気候の差から、南・西へ向かうほど収穫時期が遅れ、9月はまだ「初穂」の時期であるという場合も少なくありません。
収穫を祝う「くんち」
旧暦9月9日は「重陽の節句」として知られていますが、農村部ではこの日を「九日(くにち・くんち)」と呼び、重要な収穫行事の日とされてきました。地域によっては「供日(神にお供えする日)」として、稲の育ち具合に合わせ、「初穂」や「刈り上げ」の儀礼が執り行われました。
東北地方では旧暦9月9日、19日、29日を合わせて「三九日(さんくにち)」と呼び、刈り上げが行われました。一方、関東地方でも群馬県などはまだ初穂の時期で、1ヶ月ほど遅れて旧暦10月の「十日夜(とおかんや)」に刈り上げが行われます。
「くんち」は農村では収穫を祝う行事ですが、長崎の「長崎くんち」や唐津の「唐津くんち」のように、周辺の農村部で行われていた「くんち」が町衆の文化と混ざり合い、山車などを伴う盛大な祭礼へと変容・拡大しました。現在では華やかな見せ物として定着しているお祭りですが、そのルーツをたどれば、この9月の「刈り上げの祭り」に行き着くのです。
「9日」の秘密
「初穂」や「刈り上げ」の儀礼は、もとは「くんち(九日)」に限らず、作物の成熟具合に合わせて地域ごとに個別に日程が決められていました。それでは、どうして「くんち」や「三九日(さんくにち)」に行われるようになったのでしょうか。その秘密は、陰陽説と暦にあります。
中国から伝わった陰陽説において、1、3、5、7、9といった奇数は「陽数(プラスの数)」とされ、幸運を呼び込む吉数と考えられていました。その中でも「9」は一桁の奇数の中で最も大きく、最も縁起が良い数字と考えられていました。特に9月9日は「重陽」として吉数が重なるため、特に重んじられました。それに加えて、暦(カレンダー)が普及したことにより、行事が9日に集約されていったのです。
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島村恭則
民俗学者・関西学院大学社会学部長 教授
東京都杉並区生まれ。兵庫県西宮市在住。好きな季節は、沖縄の「うりずん」。3月下旬から4月下旬にかけての一年でもっとも爽やかな季節のこと。著書に『これからの時代を生き抜くための民俗学入門』(辰巳出版)、『昔話の民俗学入門』(創元社)などがある。
