
猛暑が続く水無月になりました。水無月の異名は常夏月(とこなつづき)、風待月(かぜまちづき)、鳴神月(なるかみづき)、涼暮月(すずくれづき)、蝉の羽月(せみのはづき)です。
水無月を水無月として認識していただくだけでも、この季節がどんな季節か、感じていただけるようにおもいます。梅雨が明けると一気に暑さが増して、水が枯れ果てる月となり、ひたすら風を待つような常夏の日々が始まります。雷がゴロゴロとなり、夕立ちがサッと降れば、昼間の暑さを忘れるような涼しい夕暮れも訪れます。日中には盛んにセミが鳴き、人間たちも、蝉の羽のような薄い衣を身に着けます。
きものの絽や紗、上布(麻)などは、まさに蝉の羽を思わせ薄衣です。かさね色の「蝉の羽」は檜皮の茶色と青(緑)の組み合わせ。長い年月を地中で過ごしてきたセミは、夏の日の夕方、地上に這い出てきて近くの木に登り、羽化を始めます。天敵の少ない夜の間にゆっくりと羽を乾かす必要があるためです。
夕暮れから夜にかけて始まるセミの羽化は神秘的で、息を飲むような美しさです。半透明の白から輝くような翡翠色の姿は、生きた宝石。自然界が一瞬だけ見せる、奇跡の色です。羽がしっかり伸びて飛べるようになる頃には、その輝くような色は消え、茶色の筋を持った透明な羽に落ち着いてきます。
平安時代から伝えられているかさねの色目の「蝉の羽」は、檜皮色と呼ばれる茶色と青(緑)の組み合わせです。この緑は昔の人たちが見た羽化の瞬間の、あの緑なのでしょうか。はたまたセミがとまる木の葉の色なのでしょうか。この茶色は羽を通して透けてみえる木肌の色でしょうか。
いずれにしても深い夏の森を思わせる配色です。森の景色をそのまま映したようにもおもえます。誰もが目にしている木々と葉の色でありながら、蝉の羽とされているところが面白いと思います。
日本にいるセミは35種類、長い期間を地中で過ごすことで知られているセミですが、セミの生態はいまだに謎だそうです。7年という数字は俗説で、セミによって違いがあり、日本のセミは2~6年と色々です。アブラゼミやミンミンゼミは5、6年くらいが多く、環境や条件によって1、2年ずれることもあるようです。
セミの幼虫はいつ、どうやって地中にもぐっているのでしょう。セミの一生には、梅雨が大きく関係しています。メスのセミは交配すると数日後には、樹皮や枝に卵を生みます。その卵はそのまま冬を越し、翌年の梅雨の頃、雨の日に孵化します。
雨の日は土の上が湿ってやわらかいため、樹上から落下しても衝撃や少なく、そのやわらかい土を掘って、土中にもぐることができるのだそうです。セミによっては秋雨で孵化するものもあり、いずれにしても雨が、重要な気象条件になっています。
地中にもぐったセミの幼虫が成長するための養分は、木の根っこです。小さな口を木の根にさして栄養を吸いながら少しずつ大きくなり、何度も脱皮を繰り返します。地中にいる間に菌類に侵されたり、他の虫やモグラに見つかって食べられてしまうこともあります。それでもたくさんの幼虫が地中にいるため、必ず生き残るようになっているのでしょう。羽化した後も、よじのぼる木がないと、うまく羽化できずに死んでしまうこともあるようです。
都会の街路樹でもたくましく生きるセミですが、樹木と雨なくしては、セミは存続できません。梅雨どきに、順当な雨が降らなければ、孵化した幼虫が地中にもぐる機会を逸してしまうことになります。一生を樹上ですごすモリアオガエルは池の上の枝の先に泡で包んだ卵を生み、孵化したオタマジャクシは雨とともに崩れた泡が水面に落下して、泳ぎ出します。雨がなければ、生きていくことはできません。ほかにも雨を待つ生き物はたくさんいることでしょう。
セミの抜け殻を見つけたとき、その近くの地面を探せば、必ず丸い穴があいているのを見つけられることでしょう。よくみるとたくさんの穴があいていて、一本の木にびっしりと抜け殻がついていることに驚かされることがあります。ずいぶんたくさんのセミを養っていたものだと、尊敬の念を抱きます。
木々はセミが鳴き、卵を産みつける場所を提供しているだけでなく、地中でもセミたちに栄養を分け与え、育てていることを思い出していただければとおもいます。
