
卯の花は万葉集の中に二十四首も題材とされ、その多くは時鳥(ほととぎす)とセットで詠まれています。
卯の花の咲く月立ちぬ霍公鳥(ほととぎす)来鳴き響めよ含みたりとも 大伴家持
「月立ち」は朔日(ついたち)の語源で、月の満ち欠けと共に暮らしていた和暦で、各月の始まりの日。新月の日です。卯月は卯の花の咲く月で、立夏を迎える初夏の季節。清らかに和する「清和月」、鳥が来る月「鳥来月(とりくづき)などの異名もあり、新芽や若葉に包まれ、青葉がもっとも美しいトキを迎えます。数週間でみるみるうちに景色は変わり、樹木の枝は繁々と豊かな新緑で覆われて、さえずる鳥たちの姿をしっかりと隠し、木々はサワサワと心地よい音を立てて揺れ始めます。まさに薫風の季節です。
「含(ふふ)みたりとも」はつぼみであってもの意味。「さあ、卯の花が咲く月が始まりましたよ。夏を告げるホトトギスよ、卯の花はまだつぼみだけれど来て鳴いておくれ」そんな歌です。昔の人は春を告げるウグイスを心待ちにしたように、夏を告げるホトトギスの第一声を、今か今かと待ち望んでいたようです。ウグイスは「初音」、ホトトギスは「一声(いっせい)」という季語になっています。
卯の花のともにし鳴けばほととぎす いやめづらしも名告り鳴くなへ 大伴家持
この歌も大伴家持の作です。「卯の花が咲くのと同時に鳴くので、ホトトギスはますます好ましく思える。まるで名前を名乗るように鳴くにつけても」。ホトトギスは時鳥、郭公、子規、杜鵑、不如帰とさまざまな字をあてます。ほかに卯月鳥、勧農鳥、田長(たおさ)鳥などの雅名もあり、農耕の季節を迎えた卯月を象徴する美声の主です。
卯の花ばかりではありません。この新緑の季節には、白い花が次々と咲きます。梨や蜜柑など柑橘類の果樹の花、山法師や朴の花。小さな鈴蘭やいちごの花、野原に広がるシロツメクサ。初夏は白い花がもっとも美しく輝くとき。人の姿も光を反射する白い衣服がもっとも清々しく感じられ、我が身がふっと風になっていくような軽やかさを感じます。新緑にもっとも映える色だからかもしれません。
卯の花は星屑のように小さな花ですが、新緑にびっしりとまみれるように咲く姿は、「夏は来ぬ」を象徴する色合いで、その景色に目を凝らしながら、響き渡るホトトギスの美声に耳を澄ませることを日本人は繰り返してきたのでしょう。
白妙の衣ほすてふ夏の来て 垣根もたわに咲ける卯の花 藤原定家
古典で卯の花といえば、垣根をさします。真っ白な卯の花は屋敷や庭を守る「花の結界」でもありました。国宝の志野茶碗にも「卯の花垣」の銘があるように、卯の花垣は生け垣の定番でした。垂れるように枝を伸ばし、花びらを散らす卯の花は手入れが大変なためか滅多にみられなくなりましたが、たまに「卯の花垣」のあるお宅に遭遇すると、平安のよすがを思わずにはいられません。近年は芳香の強いハゴロモジャスミンをよくみかけます。おからで炒りまぶす「卯の花和え」は、白くまみれた様子が似ているため。卯の花腐し(うのはなくたし)は卯の花の季節に降る長雨、走り梅雨です。
卯の花をめがけてきたか時鳥 子規
多くの花が咲き乱れ、鳥が楽しげにさえずる和暦の四月は「花と鳥の月」です。この生命力あふれるこの新緑の季節に小鳥たちは子育てをし、一気に数を増やしていきます。「鳥音」と「風音」は仏教の法音を解く鍵とされています。ぜひ緑の香りを運ぶ風を感じながら、鳥のさえずりに耳を傾けてみてください。
