
雪解けの大地が、うっすらと緑に変わり始めました。日本人が使っていた和暦(太陰太陽暦)は、現在の西暦とほぼ1ヶ月のずれがあります。和暦は立春に近い新月の日を朔日(ついたち)とし、月の満ち欠けにそって日付が進みます。かさねの色目の「若草」は、正月、二月に着用するものであったそうですから、ちょうど今頃でしょうか。
福寿草や、節分草など、スプリング・エフェメラルと呼ばれる早春の花たちも咲き出す頃です。大地に咲く小さな太陽のような福寿草を見つけると、思わず顔がほころんでしまいます。福寿草は古くは元日草と呼ばれていました。ちょうど和暦の元旦の頃に咲く花です。
スプリング・エフェメラルは虫媒花で、いずれも葉よりも花に存在感があり、突然、大地に出現した妖精のようにみえるのは、まだ寒い春の始まりに動き出す、少数の虫たちを呼び寄せるため。小さな虫たちの重要な蜜源となりますが、スプリング・エフェメラルはその名の通り、儚く、短い命で、春爛漫になる頃には、地上からすっかり姿を消し、地下茎で栄養を蓄えて次の春を待ちます。
地下に蓄積された力が突如、美しい姿になってあらわれるのですから、まさに大地の化身、妖精といえる花たちです。花だけでなく、氷河期の生き残りとされるギフチョウやウスバアゲハなども、スプリング・エフェメラルと呼ばれ、早春に咲く花だけを頼りに命をつなぎ、晩春にはすっかり姿を消してしまう蝶たちもいます。マルハナバチやミツバチたちは、この早春の花に助けられて、少しずつ活動を始めます。
さて、かさねの色目の「若草」ですが、昔の人にとって「雪間の若草」は春の喜びを代表するものでした。かすかな兆しを尊び、そこに希望を見いだすのが日本人の感性です。
薄く濃き野辺のみどりの若草に 跡までみゆる雪のむら消え 新古今集
草の緑の濃き薄き色にて 去年のふる雪の遅く疾く消ける程を おしはかりたる心ばへなど まだしからん人は いと思ひ寄り難くや ――『増鏡』
野辺の緑の薄かったり、濃かったりするのは、雪が早くとけて芽吹いたところとそうでないところが、そのまま見えるかのようだ、と謳っています。
かさねの色目の「若草」は、表が薄青、裏が濃青です。すっかり緑に覆われるのはまだまだ先ですが、大地の色は明らかにふんわりともやいで、よく見るとまだらになっています。その濃淡には陽当たりの違いや、植生の違いなどがあるのでしょう。その濃いところを尋ねゆけば、そこには必ずはっきりと見える若草があるはずです。
古く正月七日は「若菜摘み」の日でした。有名な百人一首がこの歌ですね。
君がため春の野に出でて若菜摘む 我が衣手に雪は降りつつ 光孝天皇
また降り出した雪の中を、わざわざ若菜を探しにゆくのです。それほどの喜びであり、また実際に食せる貴重な野菜もあったのです。早春の野草は冬の間のビタミン不足を解消し、実際に身体に溜まった毒素を排泄する解毒作用もあります。
それが本来の七草の役目で、代表的なものが七つ、名前として残っているわけですが、食べられる野草を総称した表現であり、実際にどの草に出会えるのかは、その時々で、異なります。
ですから七つすべてを揃えることが重要ではなく、そのとき採取できた数種の野草をたたいて、粥に入れるのが本来の風習の本意です。簡易に手に入る大根の菜飯でもよいでしょう。この時期は寒さで胃腸が緊張し、弱っていることも多いので、菜類を入れたお粥はいい食養生になります。
消えなくに又や深山をうづむらん 若菜摘む野も淡雪ぞふる 藤原定家
深山には松の雪だに消えなくに みやこは野辺の若菜つみけり 古今和歌集
雪とともに、若草、若菜を詠んだ歌は数え切れないほどたくさん残されています。まだ雪が残る大地に見つける、小さな花や若草の喜び。小躍りしたくなるような、見つける喜び。それが「若草」に秘められたかさねの色かもしれません。早春の今、「若草」を探してみませんか?
