灌仏会・花まつりかんぶつえ

暦とならわし 2020.04.08

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テレビから流れてきた曲の、ワンフレーズが耳に残りました。

「二人のちがいが、差にみえて」

それは、ある企業CMで流れる音楽でした。CMの主役は2人姉妹。同じ職業に就く彼女たちは、苦労しながらも、やがてそれぞれの個性を発揮しはじめます。

しかし、うまくいかない日々のなか、ふと相手が放つ自分とはちがう輝きが、自分に足りないもののように思えてしまう。仕事のあと、ひとりきりになった彼女たちがそれぞれ見せる、気持ちを持て余した横顔が印象的でした。

Photo by Agathe Marty on Unsplash

こんにちは。僧侶でライターの小島杏子と申します。
生活のなかに息づく、仏教と暦のことについてお話します。

みなさん、どんな春をお過ごしでしょうか。
入学、卒業、就職、転職、退職、いつも同じ、なにも変わらぬ春。

……と、書いたものの、今年はずいぶん「いつもとは違う春」を迎えておられる方も多いのでしょうね。ざわざわとした心を抱えてお疲れのことと思います。

ずいぶん長いあいだ、私にとって春は焦りの季節でした。大学を卒業したころから、どうしようもない焦りから逃れられず、それは、毎年冬が終わるころから春にかけてどんどん大きく膨らんでいきました。原因は明白で、人の門出を祝わなければならないからです。

新しい門出を迎える人を祝い、見送りながら、自分はなにも変わらない日々を生きていることに情けなさを感じていました。

みんなの人生は前進しているのに、私だけが同じ場所で、どこに行ってよいかわからず立ち止まっている。そのあいだにみんなとの差はさらに開いていく……そんな思いがぬぐえませんでした。ほんとうは、誰もがそれぞれの苦しみのなかにいるというのに、そんな当然のことにも想像力が及ばなかった。

今、そういう考え方から少し離れられたのは、やはり仏教を学びはじめたから、という面もあるだろうなぁと思います。
もちろん相変わらず焦りはあるし、ネガティブだし、よく落ち込みます。しかし、そういう自分であることと、自分そのものの価値はイコールではないと、じっくり教えてもらいました。

Photo by Masaaki Komori on Unsplash

4月8日の灌仏会(かんぶつえ)は、お釈迦さまがお生まれになった日を祝うものです。「灌仏会」と言うと馴染みがないかもしれませんが、「花まつり」という名前ならご存知の方もおられるかもしれません。
美しい生花で飾られた花御堂に、小さなお釈迦さまの像が御安置してあり、甘茶をすくってはそこに注ぐ春の風景はとても美しいものです。子どもたちが白い象をかたどった像を引いて、町を練り歩く様子もご覧になったことがあるかもしれません。

甘茶は、お釈迦さまがお生まれになったとき、天から降り注いだという祝福の甘い雨をあらわしています。白い象は、お釈迦さまの母である摩耶夫人が白い象を夢に見たことでお釈迦さまを身ごもったという言い伝えが反映されたものです。

これも伝説ですが、お釈迦さまはお生まれになってすぐ、七歩歩んで、天と地を指差し「天上天下唯我独尊」と言われたとされています。

「天上天下唯我独尊」とは、「この世界において、ただ私ひとりとして尊い」という意味です。この「私」とは、お釈迦さまのことであり、私たち一人ひとりのことでもあると味わうことができます。

人間は、なにかの条件によって価値ある存在になるわけではない。また「誰かよりも上手くできる」といった他者との差によって価値を持つものでもありません。なにも付け加えることなく、ただ、私ひとりが尊い。

ひとはみな、ちがいます。同じものを食べ、同じ場所で育ち、同じ教育を受けたとしても、やはりちがう人間です。それは当然のこと。

しかし、この世界では、その「ちがい」がときに社会的な能力差として現れてしまう場合もあります。また、女であること、男であること、日本人であること、アジア人であること、といったどうしようもない「ちがい」も私たちにはつきまといます。

そして、その「ちがい」に価値を見てしまうと、とても深い苦しみや悲しみが生まれてしまうように思うのです。

他者と比べて自分がどうであるか、という視点が全く必要ないとはいいません。世の中で生きていくには大切な場合もある。けれど、そういった「差」や「ちがい」にしんどくなってしまったときには、お釈迦さまの言葉をちょっと思い出してみてもいいかもしれません。

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小島杏子

僧侶・ライター
広島県尾道市出身。冬の風景が好きだけど、寒いのは苦手なので、暖かい部屋のなかから寒そうな外を眺めていたい。好きなのは、アイスランド、ウイスキー、本と猫、海辺。

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