文化の日

暦とならわし 2020.11.03

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こんにちは。僧侶でライターの小島杏子です。

秋が深まり、冬の気配が漂ってくると、家のなかで本を読んだり、美味しいご飯を食べたり、近所を散策したりするのが楽しくなってくるのはどうしてでしょう。本は一年中読んでいるし、ご飯はいつ食べたって美味しいのに。秋だけの特別な気持ちを毎年不思議に思います。

各地の学校や自治体で、文化祭や学園祭が開かれるのもこの季節ですね。とくに今日はみなさんのお近くでも何か催しが行われているのではないでしょうか?

本日、11月3日は文化の日。国民の祝日です。「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨とした祝日、なのだそうです。

今でこそ11月3日といえば文化の日ですが、以前は明治天皇の誕生日に由来する「明治節」という祝日でした。11月3日が明治節と定められたのは、昭和2年(1927)のこと。

旧制度における四方拝(1月1日)、紀元節(2月11日)、天長節(第二次世界大戦以前の天皇誕生日の呼称)と並ぶ四大節のひとつでした。四大節とは、旧制度での祝日のことで、この日は日本各地の学校などで式典が開かれていました。

その後、明治節は、昭和23年(1948)11月3日に廃止され、「国民の祝日に関する法律」の制定により文化の日と改められました。文化の日という名称は、平和と文化を謳っている日本国憲法が、ちょうど2年前の同日(昭和21年(1946)11月3日)に公布されたことにちなんでいます。

また11月3日は文化の日であるだけではなく、晴れの特異日でもあります。特異日とは、英語でシンギュラリティ(singularity)と言い、非常に高い確率で同じ気象状態が毎年現れる日のことです。11月3日は毎年かなり高い確率で晴れなので、文化祭や学園祭を開催するのにも適していますね。

文化の日の趣旨、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」……というのが、具体的にはどういうことか私にはいまひとつわかりません。ただ、「文化」についてなにかを考えるときいつも浮かんでくる、ひとつの光景があります。

中学3年生のころでした。学校の階段の踊り場で、ある掲示物を見かけたのです。掲示板にはA4サイズの用紙が等間隔に数枚貼ってあり、そこには学校の先生たちが生徒におすすめする本の紹介文が手書きで記されていました。

目に留まったのは、(一番の苦手教科である)数学の先生の紹介文。赴任してきたばかりの、ほがらかな年配の先生です。おすすめに挙げられていたのは、アメリカの小説家パール・バックの『大地』という本。いつもは数式や図形を描く筆跡で、どんなにその本が好きかということについて書き綴ってありました。

そして『大地』はちょうどそのとき私が読んでいた本でもあったのです。

先生と同じ本を読んでいた偶然や、先生にも私たちと同じように学生時代というものがあり、当時文学作品を読んで感動するなんてことがあったのか……ということに私は少しびっくりしました。もちろん今思えば全く驚くべきことではないのですが、15歳の私にはそれなりに衝撃だったのです。

当時の私は学校に行くのが毎日苦痛で、休憩時間は一人で本を読み、放課後は図書室か美術室で過ごして、帰宅する。それだけが世界の全てでした。

しかし。『大地』を読んで感動した若者が教師となり、歳を重ね、ある街の中学に赴任してくる。その中学には同じく『大地』を読んでいる生徒がいた。なんてことのないその事実は、15歳の私が見る世界をほんの少しだけ立体的にしました。

誰しもに歩んできた人生があり、さまざまな出会いのなかで育まれた文化が息づいている。それは自分と似た文化かもしれないし、全く違う文化かもしれない。また、同じ文化を背景としていても、同じような人間が出来上がるわけではない。

どこか人を一面でしか捉えられていなかった私が、人間や社会はもっと複雑で多面的なものだと実感を伴って知った出来事です。「思っていたより、世界はもっと広くて深いのかもしれない……」という気づきは私にとって希望でした。

当時から倍以上(!!)の年月を経ても、私は自由であることや、本当の平和、文化とは何なのか、はっきり答えることはできません。しかし、そのヒントは、自分が見ているものが全てではないのだと知ったあの日の記憶と、どこかで繋がっている気がしてならないのです。

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小島杏子

僧侶・ライター
広島県尾道市出身。冬の風景が好きだけど、寒いのは苦手なので、暖かい部屋のなかから寒そうな外を眺めていたい。好きなのは、アイスランド、ウイスキー、本と猫、海辺。

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