七五三しちごさん

暦とならわし 2020.11.15

この記事を
シェアする
  • twitter
  • facebook
  • B!
  • LINE

おはようございます、こんにちは。エッセイストの藤田華子です。
どことなく年末の空気が漂い始めるこの季節、街中で七五三のお参りに行くご家族を見かけます。

晴れ着を纏いはしゃぐ子もいれば、慣れない格好にぐずる子も…ああ、私は泣き顔の記念写真だったなあと思い出し笑いをしてしまいます。「元気に大きくなってね」と祈るイベントだと聞かされていましたが、なぜ三歳、五歳、七歳のころに行うのでしょう?

七五三のルーツは、さかのぼること平安時代!
当時は医療が発達していなかったので、悲しいことに子どもの死亡率はとても高く「七歳までは神の子」という言葉があったほどだったといいます。そのため宮中や公家では、節目となる歳に子どもの成長を祝い幸福と健康を祈りました。

七五三を祝う年齢は男の子と女の子で異なります。男の子は三歳と五歳、女の子は三歳と七歳。それぞれの年齢には以下の意味があります。

三歳:髪置き(かみおき)
子どもは生まれて7日目に産毛を剃り、坊主頭にする風習がありました。そしてやっと髪を伸ばし始めるのは三歳の春から。子どもの頭に「髪が白くなるまで長生きして欲しい」という願いを込め、糸で作った綿白髪(わたしらが)を乗せて長寿を祈ったそうです。

五歳:袴着(はかまぎ)・着袴(ちゃっこ)
公家の子どもが、五〜七歳のころに男女関係なく初めて袴を身につける行事でした。そのやり方は独特で、なんと碁盤の上で(!)吉方を向いて行っていたそう。江戸時代以降は男の子のみ、そして五歳のときに行う風習として定着しました。

七歳:帯解き(おびとき)
紐付きの子ども用の着物から卒業し、仕立て直せば大人になっても着ることができる「本裁ち」の着物に帯を締める節目に行われた儀式です。本裁ちを着て帯を締めることは、子どもが成長した証。とても喜ばしいことでした。男女ともに九歳で行われていましたが、江戸末期から男子は五歳、女子は七歳となりました。

それぞれの歳に、成長にともなう意味があったんですね。ちなみに七五三で一番の楽しみだった千歳飴にも、秘密があります。

長さは最長1メートルまで、太さは15ミリまでという制限があるそう!
熱い飴は伸ばすとどこまでも伸びていくことから、長寿を連想させる縁起物とされてきました。長〜い飴を食べることで、いつまでも「細く長く」「粘り強く」健やかに成長しますようにという意味があります。

千歳飴の「千歳」という言葉は、長寿やおめでたいことをイメージさせるとても縁起の良い言葉です。医療が発達した現代でも、子どもを想う親心に変わりはありません。平安時代の親心と令和の親心に共通する、我が子に元気に成長して欲しいという願い。幼心では気づかなかった想いに胸があたたかくなり、大人になったいま、改めて親への感謝を伝える日にもしたいなと思いました。

  

※七五三を祝うしきたりには諸説あります。

この記事をシェアする
  • twitter
  • facebook
  • B!
  • LINE

藤田華子

ライター・編集者
那須出身、東京在住。一年を通して「◯◯日和」を満喫することに幸せを感じますが、とくに服が軽い夏は気分がいいです。ふだんは本と将棋、銭湯と生き物を愛する編集者。ベリーダンサーのときは別の名です。

関連する記事

カテゴリ