流鏑馬やぶさめ

暦とならわし 2021.09.16

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疾走する馬に乗りながら、的を目がけて矢を放つ。
命中した瞬間、どっと歓声がわきあがる。

日本の伝統的な武術、流鏑馬(やぶさめ)。
古くから神社の奉納行事として披露されており、現代でも地域によってさまざまな形式で開催されています。

もともと流鏑馬は、馬を馳せながら(走らせながら)矢を放つことから「矢馳せ馬(やばせめ、やばせうま)」と呼ばれていました。そこから「やぶさめ」と発音されるようになり、いつしか「流鏑馬」という漢字が当てられるようになりました。

流鏑馬の歴史は古く、奈良時代の「日本書紀」には、奈良県の長柄神社(ながらじんじゃ)にて天武天皇が流鏑馬を見たという記述が残っています。

平安時代に入ると流鏑馬は宮廷行事のひとつとして行われるようになりました。
鎌倉時代には源頼朝が積極的に採用。武芸のひとつとなり、戦いの場でも実践され発展しました。神奈川県鎌倉市「鶴岡八幡宮」の「放生会」(ほうじょうえ)における、流鏑馬奉納もこの頃からはじまっています。

戦国時代に入ると、足軽や鉄砲が合戦の主役となり、個人武芸である流鏑馬は一時衰退しましたが、江戸時代には武士の間で再び稽古が行われるようになりました。また、厄除けや平穏の祈願のための神事としての流鏑馬も行われるようになりました。

その後、明治維新による幕府解体や戦争により再び衰退しましたが、形を多様に変えながら現代まで受け継がれています。最近では「スポーツ流鏑馬」という形で競技としても行われるようになりました。

流鏑馬射手は、長い助走からはじまり、約220メートルの直線距離を馬とともに駆け抜けます。「インヨーイ!」と声をかけながら、3カ所の的を狙って矢を射る姿は圧巻です。

射手の服装は、武士が狩りをするための装いが基本となっています。
綾藺笠(あやいがさ)をかぶり、水干(すいかん)を着て、手袋をはめる。腰に覆いをつけ、右手に鞭をとり、太刀や刀を差し、弓を持ちます。

最高速度で目の前を馬が通り過ぎる迫力。
人と馬の呼吸がぴったりあったときに生まれる高揚感。

こうして時代の変化に揉まれながら、受け継がれてきた流鏑馬。

今はイベントが中止になっているところが多いですが、復活したらぜひ一度、実物を見学してみてはいかがでしょうか。当時の武士がタイムスリップしてきたような非日常空間が体験できるかもしれませんね。

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松下恭子

ライター
神奈川県出身、2019年に奈良市へ移住。
好きな季節は、春。梅や桜が咲いて外を散歩するのが楽しくなることと、誕生日が3月なので、毎年春を迎えることがうれしくて待ち遠しいです。好きなものは、うつわ集め、あんこ(特に豆大福!)です。

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