立春を過ぎて、寒さの中にも日増しに春の兆しが感じられるようになりましたね。旧暦2月15日は、仏教の開祖であるお釈迦さまが80歳で入滅した日。今から2500年ほど前、現在のインド北部にあるクシナガラで沙羅双樹の樹の下に横たわり亡くなられたと伝わります。

この日に、日本や中国の寺院では涅槃会という行事が行われるようになりました(月遅れの3月15日や旧暦で行う地域もあります)。「涅槃」とは、サンスクリット語で「ニルヴァーナ」といい、お釈迦さまが悟りを開いて、一切の煩悩を吹き消した境地へと至ったことを意味する言葉。涅槃会では、臨終の様子を描いた「涅槃図」を掲げて、読経や絵解きをするなどしてお釈迦さまを偲びます。日本では、古くは8世紀頃に奈良の興福寺で涅槃会の法要が行われた記録があり、以後、現在まで続けられてきた仏教行事です。

そんな涅槃会には、各地で独特のお供え菓子が作られています。京都では「花供曽」(花供御、花御供などとも書きます)と書いて「ハナクソ」と読むあられ菓子を供える風習があります。不思議な名前のこの菓子、実は古くからあったもので、江戸時代初期の京都の年中行事を記した『日次紀事(ひなみきじ)』(1676)にも登場します。
当時から「お釈迦さまの鼻糞」と誤って広まり、庶民に親しまれていました。京都のお寺などでは、そもそもは、寺院でお正月に供えた鏡餅のお下がりを細かく砕いて煎り、醤油や砂糖で味つけしたあられを参拝者に配っていたそう。
こうした菓子はお釈迦さまの仏舎利を表しているとも伝わり、無病息災を願って食されています。
名前の由来は、もともと仏様に綺麗なお花を差し上げるという意味の「花供御(はなくご)」という呼び名だったものが、あられ菓子の見た目や言葉の愉快さから次第に転訛していったよう。江戸時代後期の文献を調べると、こうした風習は京都に限らず、現在の愛知県豊橋市や奈良県高取町でも見られ、涅槃会の行事菓子として各地に広まっていた様子がわかります。

一方、長野県では、涅槃会に「やしょうま」という餅菓子を作って供える風習が伝わっています。子どもたちは地域のお寺や家々を巡って、やしょうまをもらい歩くならわしがあり、これを「やしょうまを引く」と呼びました。まるで欧米のハロウィンのような楽しい行事なのでしょうね。
やしょうまは米粉を練って砂糖や塩、胡麻や青海苔などを加え、形をととのえて蒸して作ります。名前の由来には諸説ありますが、もともとは細長い棒状の生地に箸を押しつけて凸型にしたものが主流で、その形が痩せた馬に似ており「痩せ馬」と呼ばれていたのだとか。近年は季節の花々やキャラクターを模した、色鮮やかで華やかなやしょうまも作られており、涅槃会に限らず土産菓子としても人気です。

仏教行事として始まった涅槃会ですが、旧暦2月15日は一年で二度目の満月の日でもあり、また春の本格的な農事が始まる前の節目の休日でもありました。もうすぐそこまで迫った暖かい春の陽射しを心待ちに、土地ごとの行事菓子とともに涅槃会を祝っていたのでしょうね。
メイン写真提供:清絢

清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
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