日本の色/露草色つゆくさいろ

にっぽんのいろ 2023.06.10

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染織家の吉岡更紗です。私は、京都で200年以上続く染屋「染司よしおか」の六代目で、いにしえから伝わる技法で、植物を中心とした自然界に存在するもので染色をしています。

世界中でも類をみないほど数が多いといわれている、豊かな美しい日本の色。
その中から、今月は「露草色(つゆくさいろ)」についてご紹介いたします。

露草色 写真提供:紫紅社

梅雨入りしたこの季節、束の間の晴れ時に、工房に植えられた柘榴や胡桃、黄檗(きはだ)の木々を見上げると、新緑から、より色濃くなった葉に雨が残り、滴るような美しい色に目がとまります。また道端には薄紫や薄い紅色をした紫陽花の花や、瑠璃色のような、瑞々しい露草の花が咲きはじめています。

露草は、古名を「つきくさ」といい、月草、鴨頭草とも書かれています。青い花色に、黄色い雄しべをもつため、「蛍草」とも言われていたそうです。

露草(大帽子花) 写真提供:紫紅社

『万葉集』には露草を「月草」といい、「月草のうつろひやすく思へかも我が思ふ人の言も告げ来ぬ」など、9首の歌が残されています。露草が朝、花を咲かせ、昼を待たずして萎んでしまうところから、うつろう人の心を思うような歌として詠まれています。

「月草に衣色どり摺らめどもうつろふ色と言ふが苦しさ」という歌は、月草の花を摘んで搾り、その青い汁を摺りつけて染めても色がうつろいやすいのと同じように、愛しい人は、気が変わりやすいと聞いているので申し出を受けていいものかどうか、悩める気持ちを月草になぞらえて詠っているのです。

積んだ花びらを揉む 写真提供:紫紅社

露草からとれる青はこのように「うつろふ色」であり、時間が経つと色が変わり、水で洗うと流れてしまう色なのです。しかし、この青い色素は、後の時代にその「うつろひ」を生かされるようになります。文字記録としては、江戸時代半ばに書かれた図解百科事典『和漢三才図会』などを読んでみると、絞った花の液に浸すことを何度も繰り返して染めた紙を「青花」と言い、絵具として使うこと、それが江川(近江国)で多く作られていることなどがわかります。近世にかけて、露草の中でも花の大きな品種である「大帽子花」を育て、より沢山の青い色素を取るようになったそうです。

露草の液を何度も塗って染み込ませた青花紙 写真提供:紫紅社

この「青花」は、友禅染や絞り染の下絵や陶磁器の絵付けなどに使われてきました。江戸の元禄期に生まれた友禅染は、青花を水に浸して溶けだした青色を筆にとり、下絵として白い絹地に文様の輪郭を描いていました。次に、青花で書いた線を、米糊を入れた糊筒と呼ばれる道具でなぞります。糊で囲まれた部分に色を挿し、華やかな文様を表すのですが、糊を置いた輪郭線には染料が浸透しないので、様々な色彩を挿しながら、美しい文様を生み出すことが出来るようになったのです。その後、色を定着するために蒸したり、糊をとるために水洗いをするので、その際に青花でつけた青い線は流れ、あとかたもなく消えていきます。

青花紙を水に浸けて溶けだした液で友禅染の下絵を描く 写真提供:紫紅社

うつろう色の特性が、こうして後の時代に生まれた技術に使われていくことになったのです。

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吉岡更紗

染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。

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紫のゆかり 吉岡幸雄の色彩界

染司よしおか

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