日本の色/氷色こおりいろ

にっぽんのいろ 2024.01.10

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染織家の吉岡更紗です。私は、京都で200年以上続く染屋「染司よしおか」の六代目で、いにしえから伝わる技法で、植物を中心とした自然界に存在するもので染色をしています。
世界中で類をみないほど数多い、豊かな美しい日本の色。その中から今月は「氷色(こおりいろ)」についてご紹介いたします。

氷色 写真提供:紫紅社

新年を迎えると、三方を山に囲まれた盆地である京都は一段と冷え込み、寒い日が続きますが、透き通るような青い空が広がる中に、白い雲が映え、澄んだ空気の美しさが感じられます。染司よしおかの工房は、京都市の中でもかなり南の伏見区というところにあるのですが、かつては「伏水」と記されていたほど、質のよい豊富な地下水に恵まれている地域です。

この地に移転してから70年ほど経ちますが、20年前に先代である父の発案により井戸を掘ることになり、地下100メートルから水を汲み上げて染色に使えるようになりました。

地下水の温度は一定で、約16度から18度と言われていて、暑い夏には程よく冷たく、寒い冬にはやや温かく感じられて、とてもありがたい存在です。「染色の仕事は、冬はお水が冷たくて大変ですね」と言われることが多いのですが、地下水のおかげで冬も冷えることもなく、また良質な水のおかげで美しい色を生み出すことができるのです。

ただ、底冷えと言われる京都の寒さに、地下水の温度も敵わない時があり、井戸が凍ってしまったことが何回かありました。お湯をかけてもなかなか溶けず、復旧するまでに半日以上かかり作業が出来ずにとても困っていたのですが、その凍った水の透明感があまりに美しく妙に感動してしまったことを覚えています。

凍ってしまった井戸 写真提供:吉岡更紗

水も氷も、本来は無色透明のものなのですが、日本では晴れた空の色を映した水面の色から「水色」と呼び、氷にも「氷色」と名付け、太陽の光があたり輝く氷の様子や、氷の下から影を生み出す様を、様々な工夫をしてその微妙な色相を表現してきました。

平安時代に紫式部によって描かれた『源氏物語』にも、その氷や雪を表すような衣装をまとった表現をいくつか見ることができ、「薄雲」の帖での悲しいシーンもその1つです。都を離れて隠遁生活を送っていた光源氏は、明石の君という女性に出会います。光源氏が都に戻った後に、二人の間に出来た娘を出産した明石の君は、後に娘を連れて上京します。三年ぶりに再会した後に、光源氏は二条院で一緒に暮らす紫の上に、明石の君の間に生まれた娘のことを打ち明けて、引き取って二人で育てようと提案するのです。

氷のかさね 写真提供:紫紅社

慣れない都の暮らしに加え、娘との別れとなり、悲しみに暮れている明石の君は、雪がしんしんと降って庭の池には氷が張った朝に、その風景を見ながら涙を流しています。その時の彼女の姿は、「白き衣どものなよよかなるあまた着て、ながめゐたる様体、頭つき、うしろでなど、限りなき人と聞こゆとも、かうこそはおはすらめと人々も見る」と描かれています。純白の氷や雪を思わせるような、やわらかな絹を何枚も重ねて、物思いに沈んでいる明石の君の姿は、髪の様子もうしろ姿も気品があって、高貴な人にもまさるとも劣らない、なんとも美しいものでした。地方の生まれでありながら、教養のある美しい明石の君の感性がしのばれる場面です。

単に同じ白い生地をそろえるのではなく、蚕が吐いたままの糸を使った生絹や、「なよよかなる」、つまり練って柔らかくし光沢を出した練絹、更に砧で布を打つことによって更に艶を出したものや、石や貝で磨くなどの工程をほどこして表情をかえた絹地をかさねて氷や雪の情景と共に、自身の心情も表していたのです。

砧 写真提供:紫紅社

写真提供:吉岡更紗

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吉岡更紗

染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。

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紫のゆかり 吉岡幸雄の色彩界

染司よしおか

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