玄鳥至つばめきたる

二十四節気と七十二候 2021.04.05

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©Yamahiko Takano

燕は日照時間の長さを感知して渡りを開始するため、天候や気温に左右されず、毎年、同じ頃にやってきます。七十二候の春と秋に二回「玄鳥至(つばめきたる)」と「玄鳥去(つばめさる)」が入っているのはそのためです。

玄鳥の「玄」は黒を意味する言葉で、燕の古名はツヤのある黒を意味するツバクロです。よくみると真っ黒ではなく、青光りしているとても美しい羽です。燕子花(かきつばた)はちょうど燕の子が舞い始める頃に咲きます。そして濃い青紫の花びらが、羽を広げた子燕のようにもみえます。昔の人の見立てや重ねは素晴らしいなとおもいます。

ところで燕は毎年、どうやって元の巣へ戻ってくることができるのでしょうか。インドネシアやフィリピン、オーストラリアから数千キロの旅をして飛んでくる燕たちは、それぞれに渡りの時を感知し、敵に見つからないように一羽ずつ、海面すれすれに飛んできます。想像もつかない数の燕が単独で、海の上を走るように飛んでいるのですね。渡りの時の平均時速は50〜60キロ、鳥としてはかなりのスピードです。

©Yamahiko Takano

海の上では太陽で自分の位置を計りながら飛び、陸地に入ると見覚えのある山河の形を確認しながら古巣のある場所に辿り着き、到着すると休むこともなく、巣の修復を開始します。昨年の燕が同じ巣を使うとは限りませんが、基本的には同じ地域に帰ってきます。古巣がある場合はわずか1日か2日で素早く修復して、すぐに産卵の準備に入ります。

©Yamahiko Takano

もし古巣がなくなっていたり、先に到着したつがいに占有されていた場合、オスは必ず巣があった場所の近くで、メスの到着を待ちます。そしてどうするかを話し合い、力を合わせて新たな巣を作り始めます。近くに空いている古巣があれば、それを利用して修復し、なければ一から作ることもあります。一から作る場合は泥を乾かしながら少しずつ積み上げるので、1週間から10日間ほどかかるそうです。

燕の巣は湿った土と、枯れ草に唾液を混ぜて作る立派な土壁です。口に含んだ泥をひと粒ずつていねいに積み上げて作るお椀状の巣は、わずか数週間の子育てのためとは思えないほど丈夫で耐久性があり、漢代の歳時と農事を記した『四民月令』には「玄鳥巣作れば、則ち壁を塗る」とあり、人間もこの季節に燕に倣って土壁の修繕をする習慣があったことが書かれています。

順当に降る春の雨が燕の巣作りには大事な条件になりますが、都会の燕は川がコンクリートで護岸され、枯れ草や土が見つからずに苦労することも多いようです。一度使ったら再利用されないスズメやメジロの巣と異なり、燕の古巣は使い終わっても撤去せずに残しておいてあげる方がよいのです。

©Setsuko Ichikawa

燕のえさはほとんどが空中を飛ぶ虫です。ホバリングしたり、急転回したり、自在に空を飛び回り、子育ての時期は口いっぱいに何匹もの虫をくわえて戻り、多いときは1日に300回もえさを運ぶというから驚きです。

燕の巣はもっとも身近に見ることができる鳥の巣。じゃあじゃあと鳴いて必死で餌を求める燕の子の見事な菱形をした黄色いお口を見たことがある方は多いのではないでしょうか。

燕の子育ては1回目が終わると2回目、多いときは3回目もあり、先に巣立った若い燕や、なんらかの事情で子育てできなかった燕も親鳥を助け、ヘルパーに入ることで知られています。

なるべく人の出入りのある場所を選んで巣を作る燕は、長い年月をかけて人間と共生することを選んだ鳥。日本では昔から燕が巣をつくる家には病人がでない、家が栄える、商店が繁盛するとされ、農村部でも田んぼの害虫を食べてくれる益鳥として歓迎されてきました。江戸時代には燕の糞が肥料になると考えられ、田んぼに燕がとまれる棒を立てる風習もあったようです。

燕は出入りが多いにぎやかな家や、燕を喜んで迎え入れてくれた家に毎年通うようになるので、幸せな人の家を選ぶというのはあながち迷信とはいえません。燕を大切にしてきた人々がいたからこそ、燕は人間を信頼してくれるようになったわけで、燕はまさに「人と鳥の幸福な共存の象徴」です。

巣作りの場所として、人の出入りが多い高速のサービスエリアはどこも燕たちに人気がありますが、あるとき、燕が始終、トイレの中に入っていくのでのぞいてみると、燕の巣は洗面台の鏡の上にありました。気づかずに手を洗い、ヒナの声に気づいて、あっ、と驚く人も。洗面所の燕は大勢の人々の微笑みを誘っていました。

よくみるとちゃんとフン受けのトレーをつけてもらっています。子育てはわずか3週間ですから、できれば撤去せずに新聞紙を敷くなど、何かしら工夫して見守っていただきたいものです。ちなみにフン受けをつけるタイミングは、燕が警戒して巣を放棄しないように、抱卵してからの方がよいそうです。(かわいい絵つきのフン受け型紙はこちらからダウンロードできます。

親しくしている農家さんの家にも必ず燕がやってきます。毎年、巣が落ちないようにそっと板をつけてあげたりして、大切にされています。落ちていた卵の殻を手のひらにのせてみたら、こんなに小さいのかと驚きました。

うちの田んぼも田植えの頃になると、燕が水田の上をいったりきたり、スイスイと気持ちよさそうに泳ぎ回るのを楽しみにしています。田植えが終わるとすぐに除草が始まるので、わが家の除草機のオリジナルデザインは「月とツバメ」になっています(無農薬で米作りをしたい方、この除草機は力を入れずに簡単に除草できますので、ご興味ある方はご連絡ください)。

棒の先にとまっているのはシオカラトンボです。トンボと燕の追っかけごっこを眺めていると、それぞれとんぼがえり、つばめがえしと言われるように互いに飛行能力を鍛えあげ、急旋回のプロになった理由がよくわかります。

燕の姿をみかけるようになるのはちょうど桜が散り始める頃、柳が青々として風にそよぎ出す頃です。そして必ず雨が降ります。桜を散らす雨にがっかりすることも多いかと思いますが、この雨は順当に苗を育て、燕たちに湿った泥を提供していることも、ちょっと思い出していただけたらと思います。

文責・高月美樹

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高月美樹

和暦研究家・LUNAWORKS代表 
東京生まれ、三鷹育ち。好きな季節は、初夏の清和と、胸がキュンとする晩夏。趣味は、田んぼ生活・植物と虫・ミツバチ研究。専門分野は和暦文化。『和暦日々是好日』発行人。

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