腐草為螢くされたるくさほたるとなる

二十四節気と七十二候 2021.06.11

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春の季語に蜷(にな)という言葉があります。ニナは川や水路にいる黒っぽい巻貝。川底を動き回るニナの這った跡が道のように残るので、「蜷の道」として俳句によく詠まれてきました。たとえば、

蜷の道ひとつ結んでありもする 一壺
水底に蜷の這ひたる月日あり 野風呂

いかがでしょうか。イメージがわきますよね。このカワニナはホタルの幼虫の重要なエサで、その場所にホタルが出るかどうかは、カワニナの生存を確認することでわかります。ホタルが好きな村のおじいさんはよくニナを探しては、今年も出るな、とうれしそうに呟いていました。

私の田んぼは標高が高く、流れこむ山の湧き水が冷たいので、七十二候より少し遅くなりますが、ホタルが飛び交います。電気のない真っ暗な夜の田んぼにスーッ、スーッと光の筋が流れる光景はなんとも美しく、幻想的です。

きれいな水と、漆黒の闇がなければ生きていけない繊細なホタルたち。一年近くを幼虫としてすごし、成虫として生きられる期間はわずか1、2週間です。仲間を呼び合うホタルの光の明滅は、次世代をつなぐための大事な行為。幼虫のときは肉食ですが、成虫になると水しか飲まないそうです。

幼虫たちは、土がやわらかくなる雨の日に水から上がってきて、土にもぐりこみ、数週間、穴の中で蛹の期間を過ごします。そしてちょうど梅雨の始めごろに羽化します。このときに土が乾いて固くなっていると出てこられなくなってしまうこともあるそうです。

順当な梅雨の雨は、ホタルの生存にとっても大事な条件なんですね。土から出てきたホタルはしばらく草の上で休んでから、仲間を求めて飛び立ちます。

七十二候の腐った草というのは腐葉土の蒸されたような場所をさしているのかもしれませんし、雨に濡れた草かもしれませんが、いずれにしても梅雨の時期の湿気の多い土手の草から飛び立つので、「腐草為螢(くされたるくさほたるとなる」という七十二候の表現はあながち間違っていないようにおもいます。

私が畦や森でよく見かけるのはこの陸生のオバホタルやベニホタルです。昼行性なので光ることはありませんが、日中見つけやすいホタルです。

オバホタル

世界で2000種以上いるホタルの仲間はじつは陸生の方が圧倒的に多く、幼虫期を水中で過ごす種はごくわずかです。水性ホタルの棲息は湿潤な東南アジアに集中しているため、水のある環境、つまり水田とともに進化してきたと考えられています。日本ではご存知の通り、ゲンジボタル、ヘイケボタル、クメジマホタルが水性のホタルです。

私がこれまでに見た中で、もっとも美しいホタルの記憶は西表島の夜です。空はおびただしい数の星、星、星。肉眼ではっきりと渦巻き状の星雲がみえていましたが、その空がなぜか地面にも広がったかのように光っていました。何百、何千というホタルの光です。漆黒の闇に光る星とホタルで、天と地の境目も分からないという、なんとも不思議な風景でした。

蛍の語源は「火垂る」とも「星垂る」ともいわれています。西表島にはヤエヤマボタル、キイロスジホタル、オオシママドホタルなどの光るホタルがいますが、いずれも水生ではなく陸生です。水性、陸生いずれにしても発光するタイプのホタルは徹底して光を嫌い、暗い場所を好みます。車のヘッドライトが始終あたるようになるだけで、いなくなってしまうそうです。懐中電灯やカメラのフラッシュも、ホタルに悪影響を与える光害になるのだとか。

昔は「蛍狩り」や「螢籠」などといって、人間たちがそれぞれ持ち帰って楽しむほど当たり前にいたホタルも、今や希少な存在。現代の「蛍狩り」は、決して彼らの邪魔をしないよう、そっと眺めるのがよさそうです。

うちの近所ではホタルブクロが咲いています。ちょうどホタルが飛び始める頃に咲く花です。実際にホタルが好んで入ることはなく、実際に訪れるのはマルハナバチですが、名前のおかげでホタルの季節がやってきたことを毎年、思い出させてくれます。

文責・高月美樹

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高月美樹

和暦研究家・LUNAWORKS代表 
東京生まれ、三鷹育ち。好きな季節は、初夏の清和と、胸がキュンとする晩夏。趣味は、田んぼ生活・植物と虫・ミツバチ研究。専門分野は和暦文化。『和暦日々是好日』発行人。

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