七十二候/鷹乃学習たかすなわちわざをならう

二十四節気と七十二候 2022.07.17

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私が住んでいるのは都内の住宅地ですが、川沿いに広がる緑地にはオオタカが棲み、夏の夜はホーホーホーと互いの存在を知らせ合うコノハズクの声も聴こえてきます。カワセミのチーッと啼く鋭い声も毎朝、聞こえてきます。

ちいさな鳥たちの抱卵期は短く、あっという間に巣立ってゆきます。たとえばメジロの抱卵期は11〜12日、巣立ちまでの日数も11〜12日で、産卵から巣立ちまでわずか22〜24日程度。あっという間に終わってしまいます。

6月7日 真っ白なうぶ毛に包まれたヒナ/写真提供:Yamahiko Takano

一方、猛禽類はもともと個体数が少ない上、子育てにも時間がかかります。オオタカの求愛期は小鳥たちよりも早く、2〜3月に始まっていて、4〜5月頃には産卵していますが、抱卵期が約35〜40日と長く、巣立ちを迎えるまでの子育て期間は約40日間、さらに巣立ってから共に行動する期間が1ヶ月くらいありますので、オオタカは一年のうち半分を子育てのために過ごしていることになります。

餌を運ぶオスの親鷹/写真提供:Yamahiko Takano

ようやく巣の外に出るようになっても、巣の近くを飛び移りながら、少しずつ行動範囲を広げ、1ヶ月以上の間、親鳥とともに行動して、狩りを学んでいきます。親から完全に離れて独立していくのは8月か9月頃。

ですので、ちょうど今頃はタカの子どもたちが自立していく「学習期間」にあたります。空中で獲物をとらえるタカは急上昇、急降下、背面飛行、ホバリングなど、かなり高度な飛行の仕方を学ぶ必要があります。

うちの近所のオオタカのペアは今年も3羽のヒナを生み、成長を楽しみにする人々にそっと見守られてきましたが、今は親鳥と変わらないくらい立派になり、少しずつ飛行訓練を始めています。

成長した若鳥/写真提供:Miharu Tanaka
オオタカの親鳥/写真提供:Yamahiko Takano

親鳥は真っ白なお腹がいかにも神々しく美しいのですが、幼鳥はまだ茶色の保護色です。自分で狩りができるようになるのはまだもう少し先。脚もすっかり太くなり、精悍な目つきをしていますが、まだまだ子ども。巣から出た後も親鳥の与える餌が足りないと餓死したり、カラスに襲われて命を落としたりすることもあります。昨年も3羽が巣立って若鳥になりましたが、最終的に生き残ったのは1羽だけでした。

7月11日 地上を歩く若鳥/写真提供:Yamahiko Takano

タカが生きていくには営巣に適した背の高い樹木のある森と、獲物を見つけやすい畑や林などの両方が必要で、バランスのとれた里山が理想的な環境といわれていますが、近年はドバトやムクドリなどの餌が豊富にある都会で生きるオオタカも増えてきているそうです。

こうした生態系の頂点に立つオオタカなどの猛禽類をアンブレラ種といいます。アンブレラ種はその種を守ることで、傘を広げるように広範囲に渡って生態系や生物多様性を保全できるとする考えで、タカがいる環境を保全することは多くの生き物たちを繁栄させることにつながっています。今回はその一例として今年、観察していたエナガをご紹介します。

オオタカが棲むヒマラヤ杉の森/写真提供:Miki Takatsuki

この森の下を歩くとオオタカが食べた鳥の羽毛がたくさん落ちています。エナガは猛禽類が食べた中型の鳥の羽毛を集めて、春のまだ寒いうちに保温性の高い巣を作ります。

写真提供:Miki Takatsuki

エナガの巣は毎年、オオタカの巣の真下にある梅の木に作られます。今年は4月16日の朝、全員が巣を出て、9羽のエナガ団子がみられました。親鳥だけでなく、ヘルパーの成鳥たちも加わってひっきりなしに餌を運ぶ姿に目頭が熱くなりましたが、このわずか数十分後、カラスに襲われ、数羽が命を落としました。儚い命です。ともあれエナガはあえてオオタカの近くに棲み、オオタカが散らした羽毛を必要とする小鳥です。そして餌としては小さすぎるエナガがオオタカに襲われることはまずありません。

エナガ団子/写真提供:Miharu Tanaka
写真提供:Yamahiko Takano

七十二候の「鷹乃学習(たかすなわちわざをならう)」。この候をみると、一羽でも多くのヒナが無事に巣立ってくれることを願わずにはいられない気持ちになります。

飛行訓練中/写真提供:Yamahiko Takano

本来、縄張りを必要とするオオタカが親子で大空を舞うのは、飛ぶ技を学ぶ限られた期間だけです。親から離れていけば、二度と会うことはありません。昔の人は「親子鷹」が空を舞い始めるのを見て、そんな季節が来たことをはっきりと知ることができたでしょうし、「おお、元気で、がんばれよ」と応援したい気持ちと同時に、強くたくましく生きるその姿に心を動かされ、わが身も励まされてきたのではないでしょうか。

「鷹乃学習」は親子で空を舞う期間限定の風景を眩しく見上げてきた、そんな人間たちの長い営みも感じられる一候です。

文責・高月美樹

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高月美樹

和暦研究家・LUNAWORKS代表 
東京・荻窪在住。和暦手帳『和暦日々是好日』の制作・発行人。好きな季節は清明と白露。『にっぽんの七十二候』『癒しの七十ニャ候』『まいにち暦生活』『にっぽんのいろ図鑑』婦人画報『和ダイアリー』監修。趣味は群馬県川場村での田んぼ生活、植物と虫の生態系、ミツバチ研究など。

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