七十二候は小雪の末候「橘始黄(たちばなはじめてきばむ)」を迎えました。
太陽の恵みをたっぷりと含んだ柑橘類は自然界がもたらす貴重な冬のお菓子。非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)は橘(たちばな)の異名で、文字通り「季節を問わずいい香りを放つお菓子」の意です。

田道間守(たじまもり)が垂仁(すいにん)天皇に不老不死の霊薬である「非時香菓」を探すように命を受け、常代の国から苦労の末、持ち帰ったとして『古事記』や『日本書紀』に登場します。そのため田道間守はお菓子や蜜柑の神様として祀られるようになり、タチバナの読みは、タヂマバナ(田道間花)からきているともいわれています。
橘は柑橘類を指し、金柑(きんかん)や橙(だいだい)も万葉の時代から風邪の薬として知られていました。蜜柑も陳皮の名で現在も漢方に使われているのはご存知の通りです。野生の橘は柑橘類の中でも珍しい日本固有種なのですが、生食には向かないため、現在は絶滅危惧種になっています。

薬効成分があるというだけではなく、太陽の力がどんどん弱くなっていく季節に、青々とした葉を茂らせ、果汁たっぷりの大きな実をつける柑橘類は、それだけでも不思議な霊力があるように感じられたのではないでしょうか。

黄色やオレンジの柑橘類は真冬の気枯れを補う太陽の形代(かたしろ)でもあります。冬至の日に湯船に浮かべる柚子は目で楽しめる太陽のミニチュア。輝く玉のようなその姿を眺めるだけでもほっこりと心があたたまり、「陽の気」を感じることができます。

蜜柑は火の神様とも関係が深く、旧暦十一月八日(現在の12月上旬)に鍛治師、鋳物師、石工など火に関わる仕事をする人たちが年に一度、火の苦労をねぎらって火の神を祝い、子ども達に蜜柑を配る風習がありました。その名残は今日も続くふいご祭、たたら祭、金山祭、お火焚(おひたき)など、さまざまな火の行事として各地に伝承されています。

このようにお火焚きを詠んだ句も多く、暮らしの中に浸透していた行事であることが伺われます。江戸時代の文献には鍛治師が気前よく投げる蜜柑を子供たちが夢中で拾う様子が描かれ、それはそれは楽しかったことだろうとおもいます。当時の江戸では蜜柑は紀州からわざわざ船で運ばれてくる高価なものでした。こんな川柳もあります。
若き日の紀伊国屋文左衛門がふいご祭に間に合わせるため、大嵐の中、危険を冒して大量の蜜柑を船で江戸に運ぶことに成功し、莫大な富を得たというエピソードがあります。このエピソードはよく知られていたらしく、真偽のほどは不確かですが、川柳や俗謡に多く登場します。

蜜柑まきは明治の終わりごろに廃れてしまったようですが、昭和初期の石工一家を描いた向田邦子原案のドラマ『響子』には、この風習をまだ守っている様子が詳しく描かれています。神棚に全員で柏手を打ってから、うやうやしく蜜柑の木箱を開け、奇数の数にわけて仕事先や近所の人に配りにいきます。ふいご祭の行事が終わらないと蜜柑を口にすることはできなかった、と主人公は述懐します。
薪を赤々と燃やすユール祭など、冬至の頃は世界中で火の祭りが行われています。クリスマスケーキとして知られるブッシュ・ド・ノエルはその薪の姿です。太陽の復活を願い、燃え盛る炎を見つめることで、人は生きるための根源的な活力を得てきたのでしょう。

光、陽、日、火、灯、霊。「ひ」という言葉は太陽であり、光であり、万物を生む神秘的な働きそのものを指しています。心に火をつける、といいますが、ヒは命の根源そのものなのでしょう。
ところで、わが家では毎日のように「ヒッヒッヒッヒッ」というジョウビタキの甲高い声が響いています。ジョウビタキは冬鳥の代表格で、市街地でもみかけるごく身近な鳥です。黒い羽に白い紋が特徴なので、紋付き鳥ともいいますが、ジョウビタキの語源は「尉(じょう)+火焚き」です。尉は能楽の翁のことで、オスの頭が翁を思わせるような銀白色であることから。そして鶲(ひたき)の語源は「火焚き」で、鳴き声が火打ち石のような高い金属音であることから、この名がつけられています。

「キッ、キッ、キッ、ヒッヒッヒッ」と鳴くのは縄張り宣言のためです。多くの小鳥たちは冬になると群れで行動しますが、ジョウビタキは単独で行動し、木の梢やアンテナの上など目立つところに止まるので、鳴き声が聞こえたら、周囲の高いところを見渡してみてください。お腹のオレンジが火の色のようでもあり、美しい鳥です。縄張りが決まると人にも慣れてきて、手に乗ることもあるそうです。

文責・高月美樹
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