七十二候では「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」を迎えました。
いつも荷物をとりに来てくださる宅配便のお兄さんに「寒いですねえ」と声をかけたら、「はい、大寒ですからね!」と元気よく、お返事してくれました。寒さの中で働く方々には毎回、感謝の思いが湧いてきます。
どんなに寒くても、これが自然の摂理。凍土を目にすることも、最高の好日(安らかにすごせる良い日)です。
「凍土(いてつち)」「凍てる」という季語がありますが、地下では水が動き始め、ふきのとうが顔を出し、梅も咲き出す中、日本列島はここからぐぐっと凍てついて、一年でもっとも寒い時期を迎えます。毎年、最低気温が記録されるのは「水沢腹堅」の時期になることが多いそうです。
一度、しっかりしゃがんでジャンプするかのように、春の前には必ずしびれるような険しい寒さの峠がやってくる。これが摂理です。この峠(寒さのピーク)を越えた瞬間が「立春」ということになりますが、峠を越えたあとは寒と暖の綱引きが始まり、緩んでは凍て返る、緩んでは冴返る、三寒四温を繰り返しながら、春はゆっくりやってきます。
「水沢腹堅」は沢の水が堅く凍るという意味です。実際に凍った小川を目にすることはないかもしれませんが、手水鉢やバケツに氷が張ったり、屋根から氷柱が垂れ下がったり、氷の世界は色々なところで見られます。
極寒の早朝にみられる飴細工のような氷の花を「シモバシラ」といいます。植物のシモバシラは秋に白い小さな花を咲かせるシソ科の多年草ですが、冬に見られるこの現象があまりにも特徴的なため、シモバシラはそのまま植物の名前になっています。別名は「雪寄草(ゆきよせそう)」。学名はkeiskea japonica で、幕末から明治に活躍し、日本初の理学博士となった植物学者、伊藤圭介氏の名前がつけられています。
「シモバシラ」は根から吸い上げられた水分が、立ち枯れた茎の裂け目から浸み出し、氷点下の空気に触れることでできる不思議な現象。「真冬の朝の花」、「氷の花」です。土を押し上げるようにまっすぐに立ち上がる霜柱とは違って、シモバシラはできたての綿菓子のように真っ白で、飴細工のような光沢があり、くるくると巻いたり、美しい流線型を見せたり、花のように広がったりします。
シモバシラの茎はすっかり茶色になって、立ち枯れたように見えていますが、根はしっかり水分を吸い上げ、活動をしていることの証。こんなにもたくさんの水を吸い上げているのかと、びっくりするような量です。同じような現象は他の多年草にもみられますが、シモバシラにできるシモバシラがいちばん美しく、華やかです。
流れ出す水の動きをそのまま閉じ込めたような氷の芸術は他になく、とても神秘的です。シモバシラは2月頃まで、夜の気温が氷点下になった日の早朝にみられますが、雨や雪が降っているときや、強風が吹いているときはみられません。
静かで冷たい朝に起きるこの現象は、大地の呼吸そのもの。少しずつ長くなっている日差しによって、解けては氷り、氷っては解け。日中の温度が上がり、地中に水があり、植物が生きているからこその自然の造形美です。
川や沢が氷っている状態を実際に目にすることはないかもしれませんが、ミクロの世界で、小さな水の芸術は日々、繰り広げられています。ひとつとして同じものはなく、まるで生き物のように成長し、立ち上がる氷たち。ちょっと寒いですが、身近な氷のアート、探してみてください。
文責・高月美樹
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