七十二候/雞始乳にわとりはじめてとやにつく

二十四節気と七十二候 2024.01.30

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七十二候、最後の一候は「雞始乳(にわとりはじめてとやにつく)」です。「とや」は鳥屋で、鳥を飼っている小屋。「とやにつく」は、鶏が卵を抱いて巣に籠ることを意味しています。

卵を抱く姿に喜び

現在の鶏卵は生産管理され、季節を問わず供給されているので季節感がなくなってしまっていますが、自然な状態であれば、冬の鶏はほとんど卵を産まなくなります。その鶏がふたたび卵を抱いている姿を見ることは昔の人々にとって、長い冬が終わりを告げる印であり、大きな喜びでもあったことでしょう。

手にとればほのとぬくしや寒卵  虚子

寒卵(かんたまご)は、ちょうど今頃の季語。寒中に生み落とされた貴重な卵です。寒中に産まれる卵は数が少ない分、時間をかけてゆっくり育つ卵なので一年の中でもっとも栄養価が高く、味も濃厚になります。

寒玉子一つ両手にうけしかな 三汀

大事に両手でうけとる姿が目にうかびますね。寒卵は貴重なものの恩恵に預かる人の、ありがたい、という気持ちが詰まった言葉です。

私が育った三鷹の家はふつうの住宅街でしたが、隣家の庭には鶏小屋がありました。お隣との境は生垣なので、時々、外に出してもらう鶏たちがココココと地面をつつきながら、よくうちの庭に入ってきていました。

よその家だとわかっているのか遠慮がちに入ってきて、しばらくするとちゃんと帰っていくのが常でした。コケコッコーッの声も聞こえていましたが、日常の生活音になっていたのか、うるさいと思った記憶はあまりありません。

写真提供:高月美樹

おばさんがよく卵をとりにきていましたので、卵は買わずに自宅で賄えていたのだろうとおもいます。昔は都内でも鶏を飼っている人がいました。学校の近くで子供相手にひよこを売る行商のおじさんがいて、ダンボールに入った可愛らしいひよこの姿をみんなで囲んで、夢中になって眺めたものです。一度だけ買ったことのある私のひよこはすぐ死んでしまいましたが、友人の家ではちゃんと鶏になるまで育てていました。今思えば、殺処分になるオスのひよこだったのでしょう。

ところで、鶏の先祖は野鶏とよばれる雉の仲間で、家禽としての歴史は四千年まで遡れるそうですが、日本人が鶏の肉や卵を食用とするようになったのは江戸時代から。卵は庶民にとって高価な栄養食でしたが、幕末には『卵百珍』という料理本も出版され、百種以上の卵料理が掲載されていることから、その人気の高さが伺えます。

鶏は永らく食用ではなく、鳴き声や姿の美しさを楽しむ愛玩のために飼われ、夜が明けると鳴いて知らせるので、夜と昼の境目を告げる霊鳥として神聖視されてきました。にわとりという呼び名は、庭で放し飼いにされてきた「庭つ鳥」が語源です

画像提供:高月美樹
画像提供:高月美樹

特に元旦の夜明けの第一声「初鶏」は年明けのシンボルにもなっていたようで、元日には「鶏日」「鶏旦」という異称もあります。いつもの雄叫びも、あらたまった気持ちで聞いたのでしょう。

鶏は卵を抱いている間は次の卵を産みませんが、人間がすぐにとってしまうため次々と卵を産むようになり、現在の採卵鶏は1日にほぼ1個のペースで卵を産んでいます。自然な状態の鶏の寿命は10~15年くらいですが、採卵鶏の寿命はわずか約2年、食肉のブロイラーは生後2ヶ月弱で出荷されているのが現状です。

写真提供:高月美樹

神聖な霊長として大切にされていた時代を思うと隔世の感があります。近年はいのちの大切さを見直し、鶏の環境に配慮して育てる自然卵に人気が出てきました。私の知り合いの農家さんたちは飼料を手作りし、自由に歩ける状態で育てています。

「いのちをいただく」という思い

「鶏とやにつく」という候をみる度に思うのは、自然本来の摂理から離れ、大量生産、大量消費をしている人間の傲慢さです。たくさんの命の犠牲の上に、今の贅沢な暮らしがあることを忘れてはならないと思うのです。季節によっては手に入らないものがあり、貴重だ、初物だ、と思える方が心は豊かです。

「いのちをいただく」という感覚を大切にしたいものです。春をさえずるウグイスも、鶏舎に飼われる鶏も、同じいのちに変わりはないのですから。

文責・高月美樹


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高月美樹

和暦研究家・LUNAWORKS代表 
東京生まれ、荻窪在住。趣味は田んぼ生活、植物と虫の生態系、ミツバチ研究。地球の呼吸を感じるための手帳『和暦日々是好日』の編集・発行人。『にっぽんの七十二候』『癒しの七十ニャ候』『まいにち暦生活』『にっぽんのいろ図鑑』監修。NHKオンライン講座講師。

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