二十四節気と暮らしの道具/啓蟄けいちつ

二十四節気と七十二候 2024.03.05

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雨水 3月5日~19日 二月節〈陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ずればなり『暦便覧』〉

香炉で練香『梅が香』を焚いて、ほんのり春を感じる

啓蟄です。冬眠していた虫や爬虫類、両棲類、哺乳類の皆さんが地上に出てくるころ。「熊穴を出る」「蛇穴を出ず」。春を感じて、動物たちが行動を始めます。
ちょうどこのころは春雷が大きくなるので、「虫出しの雷」という季語もあります。昔は、冬籠りしていた虫たちが雷の音にびっくりして穴から出てくる、と考えられていたそう。
雨水のころは、まだ春の気配を感じるくらいでしたが、動物たちが行動を始める啓蟄ともなると、春も本格始動といったところでしょうか。人間のわたしたちも、動きださなければ。

三月に入ると年度末が近づいてきて、なんとなくそわそわ忙しくなりますね。人の動きも多く、なにかと集まることも増えそうです。送別会やお疲れ様会など、お客様をお招びすることもあるのでは。そんなとき、ちょいと部屋の中でお香を焚くのはいかがでしょう。

若いころ、お香に凝った時期があって、簡単な香道具を揃えて自分の部屋でよく焚いていました。まだその道具は手元にあって、もう30年以上も使っていることになります。お香の世界にはどこか典雅な雰囲気が漂っていて、若い自分はそこに惹かれたのでした。お香の包み紙や香炉、香道具などどれも美しい。お香を扱っているお店に行っては、うっとりと眺めてその日に買う香りを選んだものです。

棒状に固められたお線香は火をつけるのが簡単ですが、香木や練香は、香炉灰の中に火を熾した炭団をいけて温めなければなりません。ちょっと面倒ですが、その手間のかかることを厭っていてはつまらない。お客さまが来てくれるときくらいは、気持ちに余裕をもって、炭団に火をつけたいものです。

まん丸真っ黒な練香「梅が香」を焚くのはいかがでしょう。ちょっと「半生」な仕上がりで、棒のお線香と違ってしっとり柔らかです。これを、銀葉の上に置いて燻らせます。煙が出ては火が強すぎで、煙の出ないくらいに温める塩梅で。少し甘く、奥深い香りが部屋に広がります。お客さまも、ほんのりと薫るお部屋に和んでくれることと思います。

お香とお客さまで思い出すことがあります。いらなくなった本をときどき家まで引き取りに来てくれていた、まだ若い古書店のご主人のことです。何回目かに自宅に来てくれたとき、玄関に入ってきた途端に、

「堀川ですね」

とのたもうたのでした。そう、そのときはたしかに松栄堂の「堀川」という名のお線香を焚いていたのです。堀川は今も好きで、毎朝お仏壇で焚いています。しかし、即座にその香りの名を当てるとは。
「やるなオヌシ」
と思ったことでした。

啓蟄の春浅き日に練香の梅が香を焚いて、ほんのり春を感じたい。

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平野恵理子

イラストレーター、エッセイスト
1961年静岡県生まれ。著書に『五十八歳、山の家で猫と暮らす』『歳時記おしながき』『こんな、季節の味ばなし』ほか多数。好きな季節は、季節の変わり目。現在は八ヶ岳南麓在住。

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