ハコベ

旬のもの 2020.02.28

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こんにちは。俳人の森乃おとです。
ハコベは、日当たりのよい野原や道ばた生える背の低い雑草です。どこにでもあるとはいえ、葉も茎もやわらかく、春そのものようにみずみずしい情感にあふれています。小さな白い花も、よくよく見ると、銀色の星がまたたいているようで、このうえなく清楚で美しく感じられます。

春の七草と七草粥(がゆ)

ハコベは「春の七草」のひとつです。1月7日の朝、春の七草を炊き込んだ「七草粥」を食べたひとも多いでしょう。 
日本では古代から、1月の最初の「子(ね)の日」に野外に出て、新鮮な野草を摘んで食べる「若菜摘み」の遊びがありました。
万葉集は、春の丘で若菜摘みをする乙女に求婚する雄略天皇(5世紀後半)の歌からはじまります。

籠(こ)もよ み籠(こ)持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串(ぶくし)持ち この丘に 菜摘(なつ)ます児(こ) 家聞かな 名告(なの)らさね

「籠(こ)」は摘んだ若菜を入れるカゴ、「掘串(ふくし)」は若菜を掘るための道具です。古代では、家と名前を聞くことがプロポーズとなりました。

中国からは同時に、正月7日に一年の無病息災を祈って、7種の穀物を入れたお粥を食べる「人日(じんじつ)の節句」の風習が、伝わってきます。そのため昔の「ななくさ」は「七種」と書き、「七種粥」にはアズキやゴマ、ヒエなどが入っていました。
この2つの行事が混じり合い、遅くとも14世紀ごろまでには、穀物と野草が入れ替わりました。「春の七草」と「七草粥」の誕生です。

春の七草は、
セリ、ナズナ、ゴギョウ(ハハコグサの古名)、ハコベラ(ハコベの古名)、ホトケノザ、スズナ(カブ)、スズシロ(ダイコン)。このうちホトケノザは現在のシソ科の植物ではなく、キク科のコオニタビラコだとされています。
若菜摘みも七草粥も、本来は旧暦での行事なので、実際には立春過ぎに行なわれていました。新暦の1月7日に七草を摘むのは難しく、お店で「七草パック」が売られています。

七草パック
花言葉は「ランデヴー」、学名は「星の花」

「ハコベ」はナデシコ科ハコベ属の総称で、一般的に「ハコベ」といえば「コハコベ」を指します。英名は「common chickweed」あるいは「chickenwort」。小鳥やニワトリが好んで食べることにちなみます。
明治時代の俳人正岡子規は

カナリアの 餌に束ねる ハコベかな

という句を詠んでいますが、日本でもハコベは別名「ヒヨコグサ」と呼ばれていました。
ハコベの花言葉は「ランデヴー」、つまり「密会」「逢引き」。といっても恋の話ではなく、ヒヨコがハコベを見つけると喜んで走り寄り、集まってくる様子から生まれたそうです。子どものころに飼っていたセキセイインコも、ハコベが大好物でした。

ハコベの属名「ステラリア」は「星」を意味するラテン語の「ステラ」に由来します。ハコベの小さな白い花は5弁ですが、2つに深く裂けるため、10枚の花びらが星の光に似て放射状に連なっているように見えます。

江戸時代の人気歯磨き粉

ハコベは歯痛の予防や胃腸病などに効くとされ、薬草としても広く知られてきました。江戸時代、歯茎の腫れを直す効果がある「歯磨き粉」として使われたのは「はこべ塩」。現代でも、ハコベの枝葉を天日で干し、ブレンダ―などで粉にしたものを粗塩と合わせてフライパンで炒るなどして利用されています。
完成したサラサラとした緑色の粉末に、ハッカを混ぜると清涼感がでてより効果的。また「はこべ塩」は、抹茶塩のように天ぷらにつけてもおいしいです。

※ハコベ(繁縷/蘩蔞)はナデシコ科ハコベ属の総称。一般的には「コハコベ」を指す。

コハコベ  
学名 Stellaria media
英名 common chickweed/chickenwort 
草丈10~20㎝。開花期は3月~9月。直径6~7mmの白い5弁の花をつける。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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