こんにちは、俳人の森乃おとです。
今回は、大正ロマンの風情が漂う花、マツヨイグサ(待宵草)をご紹介します。
マツヨイグサは夏の夕暮れを待って、月の滴が零れ落ちたかのような黄色い花を咲かせます。またの名を「ヨイマチグサ(宵待草)」とも。あくる朝にはしぼんでしまう「一日花(いちにちばな)」で、一夜限りのはかない草花です。
歌曲『宵待草』より
マツヨイグサは、江戸時代末から明治時代初期に園芸種として日本へ渡ってきた帰化植物です。その名を一躍有名にしたのは、大正時代の愛唱歌『宵待草』。
竹久夢二(たけひさ ゆめじ)作詞、多忠亮(おおの ただすけ)作曲のこの歌は、1917年に発表されると、たちまち一世を風靡しました。
竹久夢二は、大正ロマンを代表する抒情画家・詩人。『宵待草』の詩では、房総半島で夢二自身が味わったひと夏の悲恋が、可憐な花によせて詠われています。以来、マツヨイグサには彼が好んで描いた、愁いを帯びた美人の面影が色濃く漂うことになりました。
ところで、「マツヨイグサ」はその名こそよく知られていますが、少し説明がややこしい植物でもあります。
植物分類学上での「マツヨイグサ」はアカバナ科マツヨイグサ属の一種で、学名はOenothera strictaオエノテラ・ストリクタ。英語名はChilean evening primrose(チリのマツヨイグサ)です。
マツヨイグサの仲間は美しい種が多く、いずれも南北アメリカ大陸の原産です。日本には1870年頃に観賞用として渡来し、逃げ出して全国に広がりました。
このうち黄色い花を咲かせる種をまとめて、一般的に「マツヨイグサ」と呼びます。「オエノテラ・ストリクタ(マツヨイグサ)」のほかは、花の大きい「オオマツヨイグサ」「メマツヨイグサ(アレチマツヨイグサ)」「コマツヨイグサ」など。
マツヨイグサ属は、荒地に真っ先に進入する「パイオニア植物」です。生えている場所も、海岸や川原などの荒れ地。なかでもコマツヨイグサは、鳥取砂丘を緑化してしまう雑草として駆除の対象とされています。
さて「月見草」といえば、黄色い花を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
現在「月見草」は、マツヨイグサの別名のようになっていますが、本来のツキミソウ(学名はOenothera tetrapteraオエノテラ・テトラプテラ)は白い花を咲かせます。やはり江戸時代末期に渡来しましたが、今ではほとんど見られなくなりました。
「富士には月見草がよく似合ふ」とは、作家太宰治が1939年に発表した小説『富嶽百景』での有名な一文です。ただしその直前には以下のような文章があります。
――ちらとひとめ見た黄金色の月見草の花ひとつ、花弁もあざやかに消えず残つた。――
そのため、この「月見草」はオオマツヨイグサともメマツヨイグサともいわれています。
俳句の世界でも、夏の季語として黄色いマツヨイグサも含めて「月見草」が使われます。
俳人渡辺水巴(わたなべ すいは)のこの句は、本来の月見草か待宵草のどちらを詠んだものなのでしょうか?
花言葉も両者は共通しており、「無言の愛情」「移ろいやすさ」「浴後の美人」など。「無言の愛情」は夜にひっそりと咲く様子から。「移ろいやすさ」は、コマツヨイグサやツキミソウの花の色が、朝しぼむ時に赤く変化しているから。「浴後の美人」は、竹久夢二が美人の後ろ髪をよく描いたからとされます。
マツヨイグサ(待宵草)
学名Oenothera stricta
英語名 chilean evening primrose
アカバナ科マツヨイグサ属の越年草。南アメリカ原産の帰化植物。草丈は40~80㎝、花色は黄。夕方から翌朝まで開花し、しおれると赤く変化する。夏期は5~8月。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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