おいなりさん

旬のもの 2021.02.05

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こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日は「おいなりさん」についてのお話です。

京都で「お揚げさん」と呼ばれ親しまれる油揚げ。
焼いて甘辛く味付けすると肉に劣らぬ満足感を得られ、出汁で煮含めると野菜には無いふんわりとした食感を演出してくれる。

その魅力を知ったのは京都に来てからだった。これまで京都市内を転々としたが、いつも徒歩圏内に豆腐屋があった。
「馴染みのお豆腐屋さんがある」というフレーズに惹かれた安直な私は、たびたび足を運んだ。京都の地下水はミネラルの少ない軟水で豆腐づくりに適しているという。手作りのお揚げさんはそれぞれのお店の良さがあり、甲乙付け難く美味しかった。

「おいなりさん」はお揚げさんを使った人気料理の一つだ。
江戸時代には庶民の食べ物として親しまれ、簡単に食べられるファストフード的な位置づけだったらしい。

また、おいなりさんと聞けば「稲荷神社」と「キツネ」を思い浮かべる人も多いだろう。稲荷神社は農耕の神様であり、キツネはその遣いで白狐(びゃっこ)さんと呼ばれる。

日本には昔「山の神、田の神」の信仰があり、春になると山の神が山から里へ降り、田の神となって稲の育ちを守った。収穫が終えた秋には山へ帰って、山の神に戻るそうだ。この「山の神、田の神」と同じ時期に姿を見せていたのがキツネ。キツネは自然(神)と私たち人間の領域を仲介する者だったのだ。
キツネの尾は、たわわに実った稲穂にも似ていると考えられていたため、正に適役だと思う。

そのキツネの好物が油揚げであったとされているが、どうも想像しにくい。
調べてみると、元はキツネの好物であるネズミを揚げてお供えしていたという説があるそうだ。
これが、仏教の普及に伴い、殺生は良くないということでネズミの代わりに「畑の肉」である大豆で作られたお揚げさんに変わったという。

またネズミを揚げるのは、日持ちさせる目的でもあったらしい。特に全国に稲荷信仰が広まった江戸時代には天ぷらも流行っていた。「化け猫は行燈の油を舐める」とも言われるし、妖怪や神様のような存在にとっても、油ものはご馳走だったのかもしれない。

お供えするお揚げさんは、次第に酢飯を詰めたものに代わり「いなり寿司」や「おいなりさん」と呼ばれるようになった。おいなりさんの形は2種類あるが、関東では豊作を意味して俵型、関西では三角形で狐の耳を表しているといわれる。

今年は2月3日に全国の稲荷神社で五穀豊穣などのご利益を祈願する「初午祭」が行われたが、「初午いなり」という習慣もある。「いなり」の三文字にならって、命の「い」、名を成すの「な」、利益を上げるの「り」として3つのいなり寿司を食べるそうだ。
願いの数だけ食べると良いとも言われるらしいので沢山食べたいところだが、私は3つでお腹が膨れてしまうだろう。

今回はこの初午いなりにあやかって、おいなりさんを作った。
菜種油で揚げられたお揚げさんは、炊くと特有の香ばしい「だし」を出す。ジュワッと味がしゅんだお揚げさんを想像しては、早く頬張りたくなってしまう。

具はそれぞれごぼう、さつまいも、紅大根の3種類。酢飯は京都の千鳥酢、柚子果汁、梅酢と変えてみた。元の具材と味付けがシンプルなので、アレンジを考えるのも自由で楽しい。

思い返すとおいなりさんは、わいわいと親族が集まるお祝い事や、運動会などの楽しい食事の場面にいつもあった。
素朴ながらも私たちの思い出と共に、時代を超えて親しまれ続けている。これはきっと「おいなりさん」の力の然らしむるところなのだ。

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庄本彩美

料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。

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