こんにちは。俳人の森乃おとです。
2月に入り、朝晩はまだ冷え込みが厳しいとはいえ、日脚の伸びが確実に感じられるようになりました。茶色い帽子を被っていたネコヤナギの花芽が次第に膨らみ、まもなく帽子を脱ぎ捨て、銀白色のビロードのような綿毛に包まれた花が姿を見せようとしています。

あたたかや 皮ぬぎ捨てし 猫柳 杉田久女(すぎた・ひさじょ)
ネコヤナギはヤナギ科ヤナギ属の落葉低木です。水辺を好み、日本全土のほか、中国、朝鮮半島に自生しています。高さは1~3mで花期は3~4月。ヤナギの仲間で一番早く花を咲かせ、春の訪れを告げてくれます。
昭和初期の俳人・杉田久女(すぎた・ひさじょ)の句は、ネコヤナギの冬の花芽を保護してきた褐色の芽鱗(がりん)が、春の温もりを迎えてスッポリと外れる様子を描いています。

ネコヤナギの花は、たくさんの小さな花が房状に集まったもので、花穂(かすい)と呼ばれます。ヤナギ科は雌雄異株なので、雄株は雄花、雌株は雌花をそれぞれ咲かせます。花びらはなく、雄花には雄しべ、雌花には雌しべがあり、どちらも綿毛に包まれています。
見た目はあまり区別がつきませんが、雄花の花穂の長さは約4cm、雌花は約3cm。雄花の方がやや長くなっています。また、雄しべの先端が赤くなり、花粉が黄色いので、雄花の方がややカラフルに感じられます。そのため、生け花の花材として愛好されています。

銀の爪は雌花、くれなゐの爪は雄花。杉田久女と同時期に活躍した竹下しづの女(たけした・しづのじょ)は、雄花と雌花の違いをこのように表現しました。
柳絮(りゅうじょ)飛ぶ時 花は 城に満ちたり
中国・北宋の詩人、蘇軾(そしょく)の七言絶句「東欄(とうらん)の梨花(りか)」より。ネコヤナギの雌花は成熟すると、長い綿毛をつけた種子を作ります。これを柳絮(りゅうじょ)と呼びます。
蘇軾の詩に登場する「花」は梨の白い花のこと。柳絮と梨花が雪のように真っ白に街を埋め尽くす絢爛たる情景が詠みあげられています。中国では春の風物詩です。

また中国には、非凡な文学的才能を持った女性を讃える「柳絮の才」という成句があります。晋(しん)の時代、王凝之(おう・ぎょうし)の妻である謝道蘊(しゃどうしん)が、降り出した雪を「風に舞う柳絮の美しさには及ばない」と評したことが由来です。
杉田久女と竹下しづの女はともに近代俳句の巨人、高浜虚子(たかはま・きょし)に師事し、「柳絮の才」を開花させました。
万葉集では「カワヤナギ」として登場
さて、「猫柳」という名称は明治時代につけられたようです。花穂のイメージが猫の尾を思わせたためです。江戸時代までは川辺によく生えていることから、カワヤナギと呼ばれていました。万葉集では「川楊」と表記し、シダレヤナギを指す「青柳」などと区別しています。
ヤナギの漢字表記には「楊」と「柳」の2つがあり、「楊」は枝が上に直立している種類、「柳」は枝が垂れ下がっている種類を指しました。「楊」の代表格がネコヤナギ、「柳」の代表格がシダレヤナギです。


万葉集 巻七
「柿本人麻呂歌集」から採録したと伝える旋頭歌(せどうか=五七七五七七形式の歌)。浜名湖近くの吾跡川という川の岸に生えているネコヤナギの「刈っても刈ってもまた生えてくる」生命力の強さを詠っています。「霰降り」はトホトホという霰の降る音から「遠(とお)」を引き出すための枕詞です。

ネコヤナギは大変生命力が強い木として知られ、今でも株を増やす方法は、適当な長さに切った枝を濡れた地面に突き刺しておく挿し木が主流だそうです。
ネコヤナギの花言葉
ネコヤナギの花言葉は「自由」。ほかに「思いのまま」「開放的」「率直」「気まま」「努力が報われる」など気持ちが明るくなる言葉が並んでいます。
やはり昭和期に活躍した俳人・三橋鷹女(みつはし・たかじょ)には
という句があります。
猫は「自由」「気まま」の象徴です。けれども「自由」であることは厳しさと表裏一体。長い冬を耐え、その努力が報われて開花するネコヤナギの姿に、私たちは希望を見出します。

ネコヤナギ 猫柳
学名 Salix gracilistyla
英名rose-gold pussy willow
ヤナギ科ヤナギ属の落葉低木。高さ1~3mで、花期は3~4月。日本全土と中国、朝鮮半島に自生。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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