ビワ

旬のもの 2021.06.02

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こんにちは、料理人の庄本彩美です。みずみずしい果物や野菜が多く出まわる季節になりました。今日は枇杷(ビワ)のお話です。

日本では「家の庭に植えると縁起が悪い」といわれる植物がいくつかある。その中でも全国的に言い伝えがあるのが、ビワの樹だ。「病人が絶えない」とか「家が傾く」などの言い伝えがある。
思い返すと実家のビワは、家から離れた畑の隅で育てられていた。ビワの木の下に立ってみると、深い緑色をした大きな葉が鬱蒼としていて、いつも暗い。ウニョウニョと空へ伸びる枝の様子は、幼心に少し怖くて近寄り難かった。

「ビワの樹を植えると不幸が起こる」という言い伝えは、その薬効と歴史によるものらしい。
古来より、ビワの樹には様々な薬効があることで知られていた。古い仏教経典では「大薬王樹(だいやくおうじゅ)」すなわち薬の王だと書かれている。
この経典には「薬効のある植物は色々あるが、その中でもビワの樹は特に優れ、枝・葉・根・茎・種のすべてに薬効成分が含まれている。匂いを嗅ぐも良し、飲んでも良し、炙って体に当てても良し、手で触れただけでも良し。」とある。
枇杷の樹はどの部分を用いても病気に効果があり、人間の五感全てに用いることで「生けるものすべての病気が枇杷の樹で救える」とされていた。

ビワの葉療法は、仏教医学として日本に伝来し、全国の寺院に広まっていった。
寺にはビワの樹が植えられ、病人がその薬効を求めて列をなしたという。その光景から「ビワは病人が寄ってくるから縁起が悪い」といわれるようになってしまったらしい。
ビワの樹は献身的に人の役に立ってくれていたというのに、なんだか申し訳ない話だ。

このような「○○すると、○○になる」というような言い伝えはいくつかあるが、いつ襲ってくるかわからない病気や死の恐怖や災難を、身の回りの物事に気を配ることで、可能な限り回避しようとする昔の人の知恵だったのかもしれない。ビワの樹は、人々の拠り所のひとつだったのだろう。

この事を知ってから、私はやたら散歩の時に、ビワの樹に目がいくようになった。
昔からあるような大きな民家の庭から、わさっとビワの葉が顔を出していたり、苗木だと思われるスマートなものに数個実が成っている新居など、意外と見つかるものだ。
「これだけ大きければ、実や葉なんかも近所の人と分け合っていたのかな」とその光景を想像してみたり「ここのお宅はビワが好きで植えたんだな」と成っている実を数えてみたり、最近はビワの実の成長を観察するのがルーティンになってしまった。

写真提供:庄本彩美

ちなみにビワの花は、花がほとんど見られない晩秋から2月ごろの寒い時期に、数ヶ月も咲き続けるそうだ。
小さくて目立たないが、高貴な香りで存在感があるという。蕾はもこもことした茶色い綿毛に覆われてセーターを着ているような姿らしい。
花の蜜は、冬の間に活動する昆虫や野鳥たちの貴重な蜜源となっているそうだ。全くどこまで奥ゆかしい樹なのだろうか。
ビワの花に注目したことなんてなかったが、今年の冬は、寒さに負けずに健気に咲いているビワの花を見つけてみようと思う。

日本人の生活に寄り添うように存在してきた果実、ビワ。
今となっては買うとなると少し高級だが、まずは短い初夏の旬をありがたくいただくこととしよう。

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庄本彩美

料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。

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