イグサ

旬のもの 2021.07.26

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

7月は、畳表(たたみおもて)の材料となるイグサ(藺草)の収穫期です。梅雨が明けたイグサ田では水が抜かれ、刈り取られたイグサがきれいに並べられ、干されています。
今日では畳の需要が減り、イグサの生産地は熊本県八代地方にほぼ限定されてしまいました。しかし、前回の東京五輪(1964年)の頃までは、まだ西日本を中心に各地で広く栽培されており、早緑色のイグサが道路の両側を覆いつくす「藺草干し」の光景は、まさに夏の風物詩でした。

燈心草という別名も

イグサはイグサ科イグサ属の多年草で、日本各地と中国、インド、東南アジアの水辺に自生。地下茎が地中を這い、そこから細長い円柱形の花茎を密生させて垂直に伸ばします。
花茎は緑色で光沢があり、直径1mmほど、長さは40~100㎝。栽培品種の「コヒゲ」では150㎝にもなります。葉は退化してなくなり、数枚の薄い膜の鞘として、茎の元に残るだけ。
5~7月に、花茎の先端に数十個の小さな花の集まりをつけます。小花を保護していた苞(ほう)が、花茎と同じ形で伸びるため、1本の茎の途中に花が横向きについているように見えます。イグサが独特のすっきりした印象を与えるのは、そのためです。

本来の標準和名(最もよく使われる和名)は「イ(藺)」で、日本で一番短い植物名になります。しかし近年では、「イグサ」も並行して使われます。
花茎の内部には、スポンジ状の白い髄(ずい)が詰まっており、皮をむいて取り出してロウソクの芯として使われます。明治時代に電燈に取って代わられるまでは、燈明の油皿に入れる燈心としても、なくてはならない存在でした。ここからトウシンソウ(燈心草)という別名も生まれました。

畳という日本独自の文化

イグサやマコモ、アシなど水辺に生える茎の長い単子葉植物を編み、敷物などに使う文化は、アジア圏に広く存在しています。古墳時代の遺跡からも、イグサを編んだとみられる遺物が出土するそうです。中でも日本で独自の発達を遂げたのが畳です。

当初は1枚ないし数枚のイグサで編んだ茣蓙(ござ)を重ねて敷いたものでしたが、平安時代には稲わらを固めてマット状の芯を作り、表に茣蓙を張り付けた畳が出現。貴人の座として供されました。室町時代になると、今日の日本家屋の原型となる書院造が普及し、吸湿性に優れた畳を敷き詰めた部屋が造られ、畳部屋を指す「座敷」という言葉も生まれました。

イグサなどを編むのは、古代には女性の担当で、大変根気のいる仕事でした。奈良時代に編纂された万葉集には、イグサ編みに寄せて薄情な恋人をなじる女性の和歌が納められています。

「畳薦(たたみこも) 隔(はた)て編む数 通はせば 道の芝草 生(おひ)であらましを」 作者不詳/巻11
(歌意)
畳を編み込む作業のように、何回も繰り返してあなたが私の元へ通って来てくれていれば、途中の道に邪魔な草が生い茂るようなことはなかったでしょうに

「捨畳(すてだたみ) 藺(い)の芽吹き出て 敗戦日」 中村草田男

「降る雪や 明治は遠く なりにけり」という有名な句で知られる俳人・中村草田男(なかむら・くさたお/1901―1983年)の作品です。
戦災で焼け出され、水に濡れたまま放置された畳。しかし、その表面からは、新しいイグサの芽が早くも吹きだしているのです。草田男は1945年8月15日に見たこの光景に、一つの時代の終わりと、新しく生まれ変わる時代への希望を感じたのでしょう。

花言葉は「従順」

西洋でも、室内の汚れを防ぐためにイグサが使われていました。エリザベス朝時代(16~17世紀)のイギリスでは、宮殿の各部屋にイグサが敷き詰められ、毎日新しいものに取り替えられていたそうです。
イグサの学名の属を示す「Juncus」は、「結ぶ。縛る」という意味のラテン語から生まれました。イグサの茎は強いので、昔、イギリスの恋人たちはこれで指輪を作り、交換していたそうです。イグサの茎は日本でも粽(ちまき)を結わえるのに使われます。
そのためでしょうか、イグサの花言葉は「従順」です。

イグサ(藺草)・イ(藺)

学名Juncus decipiens 英名rush イグサ科イグサ属の多年草。世界では150種以上、日本では15種ほどが知られる。湿地に生え、地下茎から長い花茎を出し、先端に小花の集まりをつける。花茎と同じ形状の苞(ほう)を伸ばすため、花は1本のすらりとした花茎の途中につくように見える。別名燈心草。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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