こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
11月も中旬になると、やっぱり寒くなってきますね。寒くなると食べたくなるのがおでんです。私は関東の人間なので、おでんの具ではやっぱりちくわぶが好きですね。そして、がんもどきも好きです。
そのがんもどき、ガンという鳥の肉の代用として開発されたという説があります。ガンは、秋になると日本に越冬のために海外から飛んでくる渡り鳥で、カモを大きくしたような首が長い水鳥です。肉が美味しい鳥として利用されてきたのですが、そうそう手に入るものではないので、その代用としてがんもどきが作られたとか。

ガンは食用だけではなく、昔から秋や冬の風物詩として多くの文学作品や浮世絵などの題材にされてきた鳥で、晩秋の季語にもなっています。『万葉集』ではホトトギスについで2番目に多く詠まれた鳥で、51首もあるんです。とにかく今以上に日本人にとってはなじみ深い鳥だったことがうかがえますね。

ガンと名がつく鳥は世界で27種、うち日本には10種が記録され、毎年必ず来るのはマガン、カリガネ、ヒシクイ、ハクガン、シジュウカラガン、コクガンの6種です。今回の主人公のマガンは、日本で最も数が多い代表的なガン類。大きさが72cmもある大きな鳥で、おでこの白が目立ちます。5〜9月くらいまではロシア北極圏の湿地で繁殖し、9月末くらいに日本へ渡ってきて越冬。3月くらいには日本を離れ繁殖地へ向かう。そんな1年をおくる鳥です。

日本のマガンの越冬地は、宮城県、新潟県、福井県、島根県などの限られた地域にしかありません。最も大きな越冬地は、宮城県北部にある伊豆沼や蕪栗沼の周辺で日本のマガンの80~90%がここで冬を過ごします。ですから、その辺りに住んでいるか、わざわざ出かけないと見られない鳥なので、リアルに観察したことがある方は意外と少ないのではと思うのです。

ところが昭和の初めくらいまで、マガンは全国に普通にいる鳥でした。とくに東京湾は最大の越冬地で、東京の空でも「雁行(がんこう)」と呼ばれる美しい隊列を組んで飛行する群れが見られたそうです。「キャハハン、キャハハン」と、もの悲しい声で鳴きながら飛ぶ雁行を見て、もうすぐ冬が来るなと誰もが実感したことでしょう。

どうしてマガンが減ってしまったのか。それは生息環境の破壊が原因です。
マガンが越冬するには、食べものの落ち籾や草がとれる広大な水田と寝るための冬でも凍らない浅い湖沼のセットが必要です。戦後、各地の生息地は開発により消滅。さらに狩猟鳥だったので、一時は約3300羽まで激減。
それではまずいと1971年に天然記念物に指定されてからは、個体数が徐々に増え、現在では約20万羽が日本で越冬しています。ただし、生息地が増えたわけではないので、宮城県に一極集中している状況は変わりません。

ガンは危険な魅力に満ちた鳥です。その魅力にはまってしまうと人生が変わります。
実は私もその1人。35年前に伊豆沼で日の出と共に一斉に飛び立つ光景を目の当たりにしてから、すっかり虜になってしまいました。その後は研究にのめり込み、生まれて初めて行った海外はソ連時代のカムチャツカ。ヒシクイを捕獲する研究チームの一員として行きました。
その後も、ハクガンの繁殖を記録するために北極に3ヶ月半滞在するなど、すっかりガンにはまった人生です。

マガンを見るならばやっぱり早朝ですね。数万羽が一度に水面から飛び立つ光景は、まさに爆発という感じ。人生で一度は見ないとぜったいに損です。マガンは体重が約3㎏ありますから、仮に5万羽が一斉に飛ぶとなると、総重量150トンが空に舞うことになります。150トンを空に持ち上げる羽音はまさにビッグバン。ちょっと他では経験できないことです。

また、夕方の沼に帰ってくるシーンもしみじみ良いものです。昼間は水田で食べものをとっていて、暗くなる前に寝床の沼に帰ってくるのですが、夕焼け空を背景にぞくぞくと美しい雁行を作って飛んでくる光景は、なんだかけなげで胸が熱くなるのです。

万葉の人々がこの姿を見て、一句詠んでみたくなったのがわかる気がします。みなさんも、ぜひ一度、マガンを見に晩秋の宮城を訪ねてみてはいかがでしょうか。ベストシーズンは11〜12月。人生が変わっても責任は持てませんが、ぜったいに損をすることはありません。


柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
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