こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
「ギョギョシ、ギョギョシ、ケシケシケシ」
6月の今頃、大きな川の土手を歩いていると、河川敷のヨシ原から不思議な声が聞こえてきます。声がするのは一カ所ではありません。あっちからもこっちからも。なんだかとても賑やかです。ちょっとかすれたような感じの声なので、カエルでしょうか? じつは、これが今回紹介するオオヨシキリという小鳥のさえずりなんです。
オオヨシキリは、大きさ18cmほどの全身が灰色がかった薄い茶色の小鳥です。体には目立つ模様や色がなく、特徴がないのが特徴という感じの地味な姿。オスもメスも同じ色をしています。4月下旬になると、越冬地の東南アジアから九州以北のヨシ原に渡ってきて繁殖をし、秋には再び越冬地へ旅立ち、冬を過ごす。そんな1年を送っています。
とにかくオオヨシキリは、イネ科の水草であるヨシが生えてないといない鳥です。逆にヨシさえ生えていれば、街中の公園にも姿を見せる鳥でもあります。そのくらいヨシと深いつながりがある鳥なので、名前に「ヨシ」が入っているわけです。漢字では「大葦切」と書き、ヨシの茎を切って中の虫を食べる習性が名前の由来という説があります。しかし、実際にはそのような習性はなく、葉についた毛虫やバッタなどの昆虫を見つけて食べます。
では、なぜそんなにヨシにこだわるのか。それは巣を作るからです。オオヨシキリは地上1mくらいの高さにヨシの茎を3本、柱のように使って草を絡めて深いコップ状の巣を作ります。うっそうと密に茂ったヨシ原は、空から近づくカラスなどの天敵に巣が見つかりにくく、地上から狙うイタチなどの天敵が近づきにくいので、営巣場所としては最適なんです。
でも、そんな条件の良いヨシ原はあまり多くのないので、早い者勝ち。越冬地から渡って来たオスたちは、いち早く良い場所を見つけ、一番目立つ場所にとまり、「ギョギョシ、ギョギョシ、ケシケシケシ」と高らかにさえずって営巣場所を確保します。出遅れたオスは力尽くで奪おうとすることもあり、ときには激しい追いかけあいになることも。
メスは、オスよりも遅れて渡ってきます。その頃には、オスたちはだいたい営巣場所を確保して待っていますから、メスはオスを選ぶだけ。その選択基準は、オスが所有する縄張りの質です。具体的にはヨシの生え具合で、太いヨシが密に生えているヨシ原は巣を作りやすいし、天敵から見つかりにくいので、そんな場所を確保したオスをパートナーとして選びます。
普通、鳥は一夫一妻の婚姻形態ですが、オオヨシキリの場合、最高のヨシ原に縄張りを確保したオスは、2羽または3羽のメスがパートナーの一夫二妻や一夫三妻となっていることがあります。ただ、その場合、オスは1羽のメスのヒナにしか給餌しないので、他のメスは自分だけでヒナを育てなければなりません。それでもそんなオスを夫に選ぶのは、所有するヨシ原がよっぽど魅力的なのでしょう。
さて、理想的なヨシ原で子育てができるとなっても、それだけでは安心できません。もっと他にも恐ろしい敵がいるからです。その敵の名はカッコウ。カッコウには、自分で子育てをせずに、他の鳥の巣に卵を産みつけて育てさせる「托卵」という習性があります。托卵する相手の鳥は20種近くいるのですが、オオヨシキリはその一つ。
カッコウはオオヨシキリの隙を突いて、自分の卵を一つだけ産みこみます。その卵は非常によくできたもので、オオヨシキリとそっくりなのでバレないのです。産み込まれたカッコウの卵は、オオヨシキリの卵より一足早くふ化し、ヒナはすぐに全ての卵を巣の外に出してしまいます。要するに巣を独占しようという作戦です。不思議なことに、オオヨシキリの両親は、自分とまったく似ていないカッコウのヒナに、せっせと餌を運び育て上げるのです。本能とはいえは、なんだかちょっと悲しい感じがします。
しかし、オオヨシキリもやられてばかりではありません。だんだんとカッコウの卵が見分けられるようになり、捨ててしまうのです。例えば、現在の西日本では、オオヨシキリにカッコウの托卵は見られないのですが、かつては托卵していたと考えられています。西日本のオオヨシキリがカッコウの卵を識別できるか実験してみると、托卵されている東日本のオオヨシキリよりも識別能力が高く、このことから、西日本のオオヨシキリにカッコウの托卵が見られないのは、オオヨシキリに托卵がバレてしまったからだと考えられています。水辺に広がるヨシ原を舞台に、子孫を残すための攻防が日々繰り広げられているのですね。
写真提供:柴田佳秀
柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
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