クチナシ

旬のもの 2022.06.15

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

6月の夜、風に乗って漂う甘い芳香に気づきます。クチナシ(梔子、山梔子、口無)は、姿を見せずともその濃厚な香りで、咲いていることを知らせてくれます。今回は、梅雨の暗闇を甘く彩る純白の花、クチナシを紹介します。

薄月夜 花くちなしの 匂ひけり――正岡子規

クチナシはアカネ科クチナシ属の常緑低木で、日本、中国、朝鮮半島、台湾、インドシナに広く分布。日本では本州の静岡県以西、四国、九州、南西諸島の森林に自生するほか、庭や公園、生け垣に植えられています。

樹高は1~3mで、幹はなく株立ち(一本の茎の根元から複数の茎が分かれて立ち上がること)します。葉は楕円形で光沢があり対生し、枝先では3枚、4枚の輪生葉になっています。花期は6~7月。花は枝先に一輪ずつつき、直径5~8㎝。6弁に見えますが、実は基部で一本の筒状に合わさっています。

クチナシの香りは、ジャスミンやライラックにも似ています。春のジンチョウゲ(沈丁花)、夏のクチナシ、秋のキンモクセイ(金木犀)と合わせて三大香木と呼ばれます。
クチナシの香は、夜に強まると言われます。正岡子規の一句は、潤んだ月とクチナシの匂いを詠み、梅雨季の夜の風情を感じさせてくれます。

おもふ事 いはねば知らじ 口なしの 花のいろよき もとのこころも――樋口一葉

クチナシは夕方に開く一日花です。純白の美しい花は、次第にクリーム色を帯びてゆき、翌日の昼過ぎには茶色く枯れてしまいます。基本は一重ですが、栽培では八重咲きの方が好まれます。

明治時代の女性作家・樋口一葉の短歌は、クチナシにわが身をなぞらえ、「私の今の思いも、そして無垢だった頃の昔の気持ちも、口に出して言わなければ、あなたには分からないでしょうね」と静かに訴えています。

染料や着色料、生薬として役立つ

クチナシは花が咲き終わると、長さ2~3㎝程度の長楕円形の果実ができます。側面には6つの稜がはっきりと刻まれ、先端には6本の萼(がく)片がトマトのヘタのようにくっついています。そして10~12月になるとオレンジ色に染まりますが、果実は割れず、しっかりと閉じたままです。中には100個ほどの小さな種子がはいっています。

この果実にはカロチノイドという黄色い色素が含まれており、古代から染料となり、栗キントンやタクアンなど、食べ物を黄色く着色するのに使われてきました。
また、この果実を乾燥させ粉末にしたものが、漢方で山梔子(さんしし)と呼ばれる生薬です。止血、消炎、利尿などに効用があります。

和名は果実の形から

クチナシという和名の由来は諸説ありますが、果実が熟しても裂けず開かないため、「口が無い」実、転じて「口無し」になったという説が有力。また、果実の上に突き出た萼(がく)をクチバシ=口、多汁で種子がたくさんある果実をナシ=梨に見立て、「クチバシがついた梨」の意で、クチナシと呼んだという説もあります。

学名はGardenia jasminoides。「Gardenia(ガルデニア)」は18世紀米国の博物学者アレキサンダー・ガーデンのことで、植物分類学の父・カール・リンネが命名しました。「jasminoides」は「ジャスミンのような」という意味です。英名は、やはりガーデンに由来する「ガーデニア(gardenia)」です。

花言葉は「喜びを運ぶ」「とても幸せです」「洗練」

クチナシの花言葉は「喜びを運ぶ」「とても幸せ」と「洗練」です。「喜びを運ぶ」は夜に漂って来る香りが、喜びをもたらしてくれることから生まれました。
欧米では、ダンスパーティーに女性を誘うときに、クチナシの花を贈る習慣があるそうです。その時の女性は「とても幸せ」なことでしょう。「洗練」は、純白の花の気高い印象から生まれました。クチナシはウェンディブーケの花としても人気です。

何だかなつかしうなる くちなしさいて

放浪の俳人・種田山頭火はクチナシを「野の貴公子」と呼び、「花の色も香も好きである」と日記に記しました。匂いには、記憶を呼び覚ます作用があるといいます。喜びをもたらす幸せの花、クチナシ。山頭火はどんな思い出を懐かしんだのでしょうか。

クチナシ(梔子、山梔子、口無)

学名Gardenia jasminoides
英名 Gardenia/Common gardenia
アカネ科クチナシ属の常緑低木。東アジアに広く分布。花期は6~7月で、花は直径5~8㎝と大きく純白。一日花で翌朝にはクリーム色に変色。果実は秋にオレンジ色に熟し、黄色い染料や食べ物の安全な着色剤に使われる。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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