カンゾウ

旬のもの 2022.08.22

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こんにちは、俳人の森乃おとです。

8月の炎暑の中、ユリに似た橙(だいだい)色の大きな花が、畑や農道の脇に咲いています。地面から出た長い葉は、弧(こ)を描いて左右に分かれ、その間から垂直に花茎が伸びて先端は次々に分岐し、炎のように輝く花を咲かせていきます。野草とは思えないほど美しいカンゾウ(萱草)の花です。

ヤブカンゾウとノカンゾウ

よく見ると、似てはいますが、やや趣の違う2種類の花が隣り合って咲いていることに気がつきます。ヤブカンゾウ(藪萱草)とノカンゾウ(野萱草)です。

いずれもワスレグサ科ワスレグサ属の多年草で、中国原産。以前はユリ科とされ、分類は幾度も変更されてきました。ヤブカンゾウの花は八重咲きで、花径は8~10㎝もあり、華やかな雰囲気。草丈は1mに達します。

一方ノカンゾウは一重咲きで、6弁花。草丈もやや低く、スリムな印象を受けます。
ヤブカンゾウの染色体は3倍体なので、減数分裂がうまくできず、種子をつくることができません。日本全国のヤブカンゾウはすべて同一の遺伝子を持つクローンで、地下茎を切り取って植えるなど、人間の援助で生育地を広げたものです。
2倍体のノカンゾウもあまり結実はしないとされ、やはり人間の手によって分布を広げてきたようです。

憂いを忘れさせる草

なぜカンゾウは人間に保護されてきたのでしょうか? 失恋の悲しみや望郷の思いなどの憂いを忘れさせてくれる草だと信じられてきたためです。

3世紀の中国・三国時代の魏の国に「竹林の七賢」と呼ばれた清貧を旨とする文人たちがいました。その一人、嵆康(けいこう)が書いた『養生論』に「合歓(ネムノキ)は怒りを除き、萱草は憂いを忘れさせる」という記述があります。
中国名の「萱草」は元々、カヤやスゲなど細長い葉を持つ草を指しますが、『養生論』の知識が日本にも伝わり、「ワスレグサ(忘れ草)」という訓で読まれるようになりました。

「忘れ草 我が下紐に付けたれど 醜(しこ)の醜草(しこくさ) 言(こと)にしありけり」――大伴家持(おおともの・やかもち)『万葉集巻4』

万葉集をはじめ、王朝時代の和歌には「忘れ草」が好んで詠まれています。もっとも、実際に憂いを忘れる効果があったかは疑わしく、万葉歌人の大伴家持は、将来の妻となる大伴坂上大嬢(おおともの・さかのうえの・おおいらつめ)に贈った和歌で、「(あなたを忘れようとして)下着の紐に忘れ草を付けたけれど(忘れられない)。名前だけの馬鹿な草だった」と罵倒してみせることで、恋人へと愛情の深さを詠っています。

萱草も 咲いたばつてん 別れかな――芥川龍之介

植物を愛した文豪・芥川龍之介の俳句。長崎旅行の際、料亭の庭にカンゾウの花を咲いているのを目にし、芸者・照菊に献じました。九州方言の「ばつてん」を入れ、照菊の美しさを讃えながら、出会いと別れを洒脱に詠んでいます。ちなみにカンゾウは夏の季語です。

若芽も蕾も根もおいしい 

カンゾウはとても美味しい野草として知られています。それが、人々が家の周りにカンゾウを植えた第2の理由。

春先の若い芽は、おひたしにすると香りがよく、しっかりとした歯ごたえがあります。乾燥させた蕾は高級スープの具材に。膨らんだ地下茎も生でカリカリと食べられます。
そして第3の理由は、カンゾウの花の美しさにあります。ヤブカンゾウの学名は「ヘメロカリス・フルブァ(Hemerocallis fulva)」。属名のヘメロカリスは、ギリシャ語で「一日の美」の意。ヤブカンゾウが朝開いて夕にしぼむ一日花であることから、ついた名です。
ヘメロカリスは、カンゾウの仲間の園芸品種の総称としても使われています。フルヴァは「朽葉色の」という意味のラテン語です。

花言葉は「悲しみを忘れる」「憂いを忘れる」「愛の忘却」

ヤブカンゾウの花言葉は、「悲しみを忘れる」「憂いを忘れる」「愛の忘却」。いずれもかつてワスレグサと呼ばれたことに由来します。「一夜の恋」という花言葉もあります。
ところでカンゾウには、睡眠を促すサポニンが多く含まれます。恋の憂いを忘れるためには身に着けるのではなく、食べてしまう方がより効きめがありそうです。

ヤブカンゾウ(藪萱草)

学名Hemerocallis fulva
英名Daylily
ワスレグサ科ワスレグサ属の多年草。中国原産。奈良時代までに渡来。日本全土の平地に分布。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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