クズ

旬のもの 2022.09.03

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こんにちは、俳人の森乃おとです。

9月に入り、残暑厳しい中でもふと吹く風に秋の気配を感じるようになりました。次の季節の主役となる「秋の七草」も、はや姿を現しています。中でも気になるのが、都市部ではめっきり数を減らしたクズ(葛)の花。この秋は、懐かしいこの植物の香りを存分に味わいたいと思います。

葡萄酒のような芳醇な香り

クズはマメ科クズ属のつる性多年草で、日本全土と、中国、フィリピン、インドネシア、ニューギニアなど、東アジアの温帯から亜熱帯にかけて広く分布します。根から無数のつる状の茎を出し、茎は巻き付く物を求めて横へ上へと這い、大きな三つ葉形の複葉を広げてすべてを覆いつくしてしまいます。
花期は8~9月で、葉腋から長さ20㎝ぐらいの総状花序を上向きに立て、赤紫色の蝶形花を下から開いていきます。花は葡萄酒のように甘く濃厚な香りがします。

「米国南部を食べてしまったツル」

とても生命力が旺盛な植物ですが、そのあまり、2010年には国際自然保護連合(IUCN)が発表した世界の侵略的な外来種ワースト100に指定されてしまいました。

米国では、独立100年を記念して1876年にフィラデルフィアで開催された万国博覧会に、日本のクズが出品され、大人気になりました。花が美しいうえに、飼料として牛や馬の大好物。マメ科植物なので根に共生するバクテリアが土壌を改良し、さらに根やつるが畑や道路の周縁を固めてくれるというわけで、政府も移植を奨励。そして気が付いたら、クズが根絶不可能なほど南部に広がっていたというわけです。

クズの英語名は、そのまま「kudzu」。あだ名は「Vine that ate the South(南部を食べてしまったツル)」です。

ま葛延(は)ふ 夏野の繁く かく恋ひば まこと我が命(いのち) 常ならめやも――
作者不詳(万葉集巻十)

万葉歌人も、クズの生命力に対する畏怖(いふ)の感情を詠っています。作者不詳のこの歌の意味は「ま葛の広がるこの夏野のように、こんなにも激しく恋していると、本当に私の命はどうにかなってしまうのではないだろうか」。クズの生命力を賛美しながらも、半ば恐怖を感じているわけです。

別名は「うらみ草」

クズは葉に当たる光の量を、葉を動かして調節することができます。日差しが強いと葉を裏返して閉じ、白い毛を密生させた葉裏を見せます。だから「裏見草」。そして「うらみ」は「恨み」に通じるので、クズの葉は「恨み」の枕詞にもなります。

「秋風の 吹きうらかへす 葛の葉の うらみてもなお うらめしきかな」

古今和歌集に収められた10世紀の歌人・平貞文(たいらの・さだぶみ)の恋の歌です。歌意は「秋風に吹かれるクズの裏葉を見るにつけても、あなたの心変わりは、いくら恨んでも恨み足りない気がする」。あまりの情念の強さに思わず身を引いてしまいそうです。

和名は吉野地方の山岳民の名に由来?

クズは実に役に立つ植物です。
まず食用。澱粉を蓄えた塊根(かいこん)は、時に径20㎝、長さ1.5mにも達します。これをすり潰して取り出した澱粉が葛粉で、葛餅や葛切りの材料となります。次が薬用。クズの根からは風邪によく効く葛根湯(かっこんとう)などの薬が作られます。つるから取り出した繊維で織った葛布は新石器時代から使われていたそうです。

クズという和名の由来は定説がありません。日本の植物分類学の父・牧野富太郎博士は、かつて大和国(現在の奈良県南部)の吉野地方に暮らしていた「国栖」(くず)と呼ばれる山岳民が、葛粉を生産し売り歩いていたため、その名前が付いたと唱えています。

花言葉は「芯の強さ」「活力」「治療」「根気」

クズの茎は秋にいったん葉を落としても、翌春には再び葉をつけます。このため花言葉は「芯の強さ」「活力」「根気」など、旺盛な生命力を示すものが並んでいます。「治療」はさまざまな薬の原料となるため。

「秋の七草」は万葉集の中で山上憶良(やまのうえの・おくら)が、秋の野に咲く風情のある花としてハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、アサガオを列挙したものです。このうちアサガオは、現在ではキキョウを指すというのが定説になっています。
秋の七草の中でも、クズの花は大きな葉に隠れてあまり目立ちません。けれどもその一房を切り取り、器に挿してみると、憶良の審美眼の確かさがひしひしと伝わるような気がします。

クズ(葛)

学名Pueraria montana
英名kudzu
マメ科クズ属のつる性多年草。東アジアの温帯・亜熱帯に分布。花期は8~9月。花は紅紫色で、香りが強い。薬用・食用となる。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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